「諸侯の好き勝手にさせるわけにはゆかぬ。いずれは必ず罷免《ひめん》せねばならん。それにあらがって兵を挙《あ》げる者もあろう。税をくすねるなど可愛いものだが、兵を蓄《たくわ》えることのないよう、これだけは見張っておかねばならん」
わざわざ驪媚の自宅を訪ねての言葉だった。
「いよいよ候を整理する際には、猛烈な抵抗があるだろう。抵抗を封じるためにも、太綱《たいこう》に背《そむ》いて過剰な兵を蓄えることがないよう、諸侯同士が邪《よこしま》な盟約を結ぶことがないよう、どうあっても州侯城の中に入って監視する者が必要になる」
「そのような大任を、わたくしにお授けくださるのですか」
驪媚は半ば感極まって礼拝した。驪媚は裁判を司る司刑《しけい》の官、位はたかだか下大夫《げだいぶ》でしかない。それをいきなり卿伯《けいはく》に抜擢《ばってき》しようというのだから、驪媚にとってはとにかくもったいないばかりだったのだ。
だが、尚隆は首を振った。
「礼は言わぬほうがいい。仮に州侯が叛旗《はんき》を翻《ひるがえ》せば、まず間違いなく牧伯の身は危うい。州侯城へ行ってくれと言うは、万が一、事あったときには命を捨ててくれと言うに等しい。──だが、おれには手駒が少ない。死なせるにはあまりに惜《お》しいが、お前の他に行ってもらう者がいない」
驪媚は粛然《しゅくぜん》とし、いつになく生真面目《きまじめ》な顔をした王を見返した。
「それほどまでに言っていただければ、たとえ万一のことがあっても、本望でございます」
「州牧伯の八人目、お前か朱衡《しゅこう》か、正直言って心底迷った。──だが、両者の長短を鑑《かんが》みれば、どうあってもお前のほうが適任のように思われる。朱衡はああ見えて気が短い。州侯城で何を見ても怺《こら》えてただ報告だけせよ、特に指示あること以外は長いものに巻かれていろとはとうてい言えん。あれはそういう種類の辛抱《しんぼう》はできぬ男だから」
「……はい」
「──行ってくれるか」
「喜んで拝命いたします」
尚隆は軽く頭を下げた、すまない、と低く沈痛な声が聞こえた。その声音《こわね》で、驪媚はいっさいの覚悟を決めたのだ。