頑朴城《がんぼくじょう》から見下ろす漉水《ろくすい》。その対岸の沼沢地、そこに林立する王師《おうし》の旗。
斡由《あつゆ》は長く元州《げんしゅう》の柱だった。雁《えん》の国土が折山《せつざん》の荒廃にさらされるなか、元州だけは他州にくらべてよく地を治め、人を治めた。元州もまた傾いた国土の傾斜のままに荒廃の波に洗われていくのをとめることはできなかったが、それでも他州にくらべればその荒廃もたかがしれていたのだ。斡由はよく荒廃と戦った。他州の民が恐ろしい勢いで減り、富も実りも失って、秩序も統制も失われていく中で、元州だけはかろうじて踏みとどまりつづけた。
災害が続き、妖魔が跋扈《ばっこ》し、生きる場所をなくした民が元州を通り過ぎて他国へと逃げていった。流れこむ被災者は必ず言う。──元州は豊かだ。頑朴は夢のようだ、と。
新王が登極《とうきょく》し、国土が復興へ向けて動き始めると、元州はその動きから取り残された。他州にじりじりと緑が増え、人が増えて実りが増え、元州と他州の落差は埋まっていった。旅人の賛美ももうない。
他州が百潤うのなら、元州は千も潤うはずだ、夢のように豊かになるに違いない、と誰もがそう思っていた。──だが、実際には。
低きを埋めて国土をまず均《なら》すのだ、と国府はいう。元州の誰もがそれを恨《うら》んだ。王が州の自治を取り上げなければ元州は斡由のもと、もっと富んだはずなのに、と誰もが思った。
「……どうしてこんなことになったんだ」
頑朴山の三合目、歩墻《みはりば》から漉水を見下ろす兵のひとりがぽつりという。同じく漉水とその対岸を見やる同輩の返答はない。
「卿伯《けいはく》が起《た》って、自治を得、元州は豊かになるはずじゃなかったのか」
王の誤りを正し、州の自治を取り戻し、率先して国土の復興にあたる。他州も民も元に感謝するだろう、諸州諸民の敬愛は元へ向かい、ひょっとしたら元こそが国土を束ねる要《かなめ》になるかもしれないと、わけ知り顔に夢想を説《と》いた者もいる。
──だが、蓋《ふた》を開けてみれば。
「おれたちは逆賊だ。……玉座《ぎょくざ》を簒奪《さんだつ》する元を許すなと、罵《ののし》る声ばかりが聞こえる」
漉水対岸に集結した王師の数、すでに三万近く。しかも街道にはいまも王師と共に戦おうとする民が列をなして頑朴へと続いている。開戦までにはその数はどれほどに膨《ふく》れあがるのか、もはや考えてみても意味がないほど、王師と州師の兵力の差は歴然としている。
静かに、密かに、それでも確実に州師の兵卒は減っていた。逃亡する者が後を絶たない。特に懲役した者にそれが激しかった。抜けた穴を埋めようとさらに市民を懲役すれば、三日後にはもういない。逃亡した当人が王師の旗の下に駆けこむことも少なくなかった。
「……こんな噂《うわさ》を知っているか」
別の兵が誰にともなく言う。
「七日前、牧伯《ぼくはく》が亡くなったろう」
「──ああ。台輔《たいほ》を逃がそうとして、自ら死を選んだとか」
「勝ち目のないことを焦《あせ》った卿伯が台輔を襲い、それを庇《かば》って牧伯は死んだのだと」
「まさか。卿伯はそういった方ではない」
「もちろん、そう思っている。だが実際、そんな噂が流れている。以前なら誰もそんな噂に耳を貸しもしなかったろう。それが怖《こわ》くはないか」
誰もがしんと黙りこむ。次いで申し合わせたように、視線を王師のほうへ向けた。
「なぜ王師は攻めてこない。……ああして対岸に溜まったまま」