六太《ろくた》は思わず岩のくぼみに身を隠す。いたか、という声が聞こえた。
「おいでになりません」
「これよりも下ならやっかいだな。この先は迷いやすいのだ」
「お前たち、もう一度ここから上を探せ」
は、と遠ざかる足音がする。
「──お前たちはついてこい。下へ行ってみよう」
緊迫した男の声に、妙に飄々《ひょうひょう》とした声が答えた。
「道に迷っているんですかね?」
六太は目を見開いた。──あの声。
「麒麟《きりん》ってのは方角に疎《うと》いんですか。けっこう間抜けなんですな」
「莫迦者《ばかもの》。黙ってついてこい」
「はいはい」
六太は岩のくぼみから這《は》い出る。声のしたほうを探した。
──まさか。こんなところに、いるはずがない。
「ところで大僕《だいぼく》、俺たちまで迷ったらどうするんで?」
姿は見えないが、通路の先に明かりが見える。六太はおおい、と声をあげた。
「誰かいるんなら、来てくれ──!」
一瞬をおいて、足音が入り乱れた。通路の先に明かりが遠ざかったり近づいたりして、やがて誰かが、あそこだ、と言うのが聞こえた。松明《たいまつ》の明かりより他にはなかったのに、六太には妙に明るい光が近づいてくるように思われた。
「こんなところにいたんですか」
真っ先に駆けてきた姿を見て、不覚にも六太は泣きそうになった。見上げる上背《うわぜい》、どこか人の悪い笑み。ぐっと堪《こら》えて、座ったまま手をあげて応《こた》える。
「大僕、この餓鬼《がき》──いや、この坊っちゃんでいいんですね?」
そうだ、と後を追ってきた男が答えた。
「いかがなさいました。卿伯《けいはく》ならびに諸官のみなさま、台輔《たいほ》を大変ご心配しておられます」
「更夜《こうや》を探してたら、道に迷って……」
「お連れしろ」
大僕に言われて男は、はい、と答える。六太は手を伸ばす。男の足をつついた。
「歩けない。負《お》ぶって」
六太はその男を見上げる。男はほんのわずか、苦笑した。黙って屈《かが》みこみ背中を向けるので、それにしがみついた。──どうしてこんな所にいる。どうせまた、朱衡《しゅこう》たちを嘆かせるようなことを考えついたのだろう。とんでもない奴だ、六太はしがみついた手に力をこめた。
その声はごく微《かす》か、衣擦《きぬず》れに紛れそうな具合だった。
「……あまり心配をかけるな」