「射士《しゃし》、見つかりました」
振り返ると、大僕が下からあがってくるところだった。
「……道に迷われたそうで」
大僕は言って、小臣《しょうしん》のひとりを示す。風漢《ふうかん》という妙な字《あざな》の男だったか、頑朴《がんぼく》から徴用した浮民だと言っていた。その風漢に背負われている六太を見て、更夜は複雑な息を吐いた。
逃げてくれと思って角を封じなかったわけではない。六太は最初に出会った更夜にいろんなものを与えてくれた者だから。斡由《あつゆ》のためにはならないと、分かっていてなお、もしも角を封じたせいで六太が死ぬことがあれば、と思うとどうしてもできなかった。
「──六太」
更夜は駆け寄る。
「大丈夫なんですかね。なんか、死にかけてる感じなんですが」
言ったのは当の六太を背負った風漢である。背負われた六太のほうは目を瞑《つむ》ってしまっている。どうやら意識がないようだった。
「……とにかく部屋へ。お加減が良くないんだ」
「そりゃあ、大事で」
更夜は風漢にこちらだ、と道を示して先に立って歩きかけ、足を止めた。背後から大僕の含み笑いが聞こえたのだ。
「で? ──あの女をどうなさったんです」
更夜は大僕を振り返る。風漢もまた、首をかしげて足をとめた。
「諭《さと》して城から出した。とても城内には置いておけないからね。どこへなり、好きに逃げ出すだろう」
「まさか、その妖魔に?」
「ばかなことを言うものじゃない」
更夜はそっけなく踵《きびす》を返した。──城の者は常に更夜を疑っている。それは重々承知していた。この囚人もあの囚人も故郷に帰したなどと言って、その全部を信じるほど城内の人間はおめでたくはあるまい。肝要なのは、その疑いが必ず更夜のうえにあること、決して斡由へ向かわないこと、それだけだった。
更夜は風漢を促《うなが》した。風漢は興味深そうに更夜の背後の妖魔を振り返る。
「やっぱり妖魔なんですな、こいつは」
「妖魔だよ。天犬《てんけん》っていう」
「おとなしいもんだ。暴れたりしないんで?」
「しない」
へえ、とつぶやいて男は歩を進めた。更夜は思わずしげしげと男の横顔を見る。背後を妖魔が歩いてくるというのに、少しも気にした様子がない。城内の者はたいがい馴れているものの、それでも妖魔が側によれば身をすくませるものだ。
「お前、怖《こわ》くないのか?」
へ、と風漢は振り返った。
「だって、暴れないんでしょう?」
「まあね」
妙な男だ、と更夜は思った。