斡由《あつゆ》に訊《き》かれて、六太《ろくた》は首を振った。
「あんまり良くねーな」
「では、出歩かれないほうがよろしかろう。それともわざわざわたしをお訪ねくださったのは、所用がおありのことでしょうか」
「……おれ、関弓《かんきゅう》に帰りたい」
斡由は目を見開く。
「申しわけございませんが、そればかりは」
「この城の中、いたるところで血の臭いがする。とてもじゃないけど、休めない。俺の身体のことを心配してくれるなら、せめて州城から出してくれ」
「できかねます」
斡由は言って、更夜《こうや》に目配《めくば》せする。牢《ろう》へ連れていけ、との意を向けた。
「あのさ、斡由」
「──他にも何か」
「お前、どうして親父さんを幽閉なんかしてんの?」
斡由は目を見開き、諸官もまた怪訝《けげん》そうにした。
「ぜんぜん具合が悪そうでも、頭がぶっとんでるふうでもなかった。元魁《げんかい》は病気で引退してお前に全権を譲《ゆず》ったって話だったよな。幽閉されるのを引退するとは言わないんじゃないのか?」
斡由は立ち上がる。一瞬、眉《まゆ》をひそめて、それから笑んだ。
「父は本当に加減が悪いのです。そうは見えなかったとおっしゃるなら、それは人違いでございましょう。それはどこでした。なぜ父の名をかたったのか、事情を訊《き》きましょう」
「じゃあ、内宮に捕らえている、あれは誰だ?」
斡由は険しい顔をした。
「内宮──。それこそ父でございましょう」
「お前は父親を鎖でつなぐのか?」
六太は斡由を真っ向から見すえる。
「鎖でつなぎ、ろくに世話をしている様子もなく放置するのか? 舌を切って口に蓋《ふた》をするのか! ──答えろ、斡由!」
「それは──」
六太は諸官を振り返った。
「……お前たち、知ってたのか? 知ってて斡由に仕《つか》えていたのか? だったら元州《げんしゅう》は位をくすねる盗人《ぬすっと》の集まりだ」
諸官の大半は目を見開いて斡由を見ている。ごく少数だけが視線をそらした。
「お前の言うことは立派だと思うよ、斡由。だが、道を行うと言いながら、お前が実際にやってることは何なんだ? 誘拐《ゆうかい》する、幽閉する。──それが道を行うということなのか?」
「台輔《たいほ》を卑劣《ひれつ》な手段でお招きしたのはお詫《わ》び申しあげます。──射士《しゃし》が台輔をお招きできるだろう、と言ったとき、まさかあんな道に悖《もと》る行為を行うとは夢にも思わなかった」
斡由が言って、更夜ははっと視線を上げた。斡由の苦渋《くじゅう》に満ちた横顔をまじまじと見た。
──よくできた射士だ、お前は。
その言葉の裏にひそむ真意なら知っていた。
──せっかくの射士を、死なせたくはない。
それがたとえ、己《おのれ》に都合の良い臣下を失いたくないという意味だったとしても。
更夜の命を惜《お》しんでくれるのは、斡由ひとりだったのだ。
俯《うつむ》いた更夜を見やって、斡由は六太に向き直る。
「──ですが、確かに臣下の所行はわたしの責任。お詫《わ》び申しあげる言葉とてございません。ひらにご容赦《ようしゃ》ください。……父のことはわたしも存じませんでした。誰がそんな非道なことを。至急、人をやって調べさせましょう」
六太は眉根《まゆね》を寄せた。ちょうど、そのとき、室内に駆けこんでくる者があった。州宰《しゅうさい》の白沢《はくたく》である。
「──卿伯《けいはく》──なんということをなさった──!」
白沢はまろび寄って、斡由の足元に膝《ひざ》をついた。
「まさか本当に堤《つつみ》を切ろうとなさるとは──! あれほど拙《せつ》めがおやめくださいとお願い申しあげましたのに!」
官のほとんどが驚愕《きょうがく》したような声をあげた。
斡由は不快そうに手を振る。
「退《さが》れ、白沢」
「──いいえ! 民のために道を行うとおっしゃったのではなかったのですか。王師が築いた堤を卿伯がお切りになる。そんなことをすれば、民がどちらを道と思い、どちらを非道と思うか、そんなこともお分かりにならなかったのか!」
「──白沢」
「堤を守ろうとした民と争いになり、あろうことか州師の兵が民に剣をあげ、王師がこれを助けたとか。──どうなさるおつもりです。噂《うわさ》を聞いた城下の者が、離散を始めました。徴用した者はおろか、州師の兵卒までが城門を開いて頑朴《がんぼく》を逃げ出しております!」
「──なに」
斡由は窓辺に駆け寄る。雲海の下、雲があって、下界の様子は見えなかった。
「これで元州は終わりでございます。さぞご本懐のことでございましょう。卿伯はご立派に天下の逆賊におなりです」
白沢はよろめくように動揺も露《あら》わな諸官に向かう。
「お前たちも逃げなさい。王師に下って罪を告白し、温情をお願いしなさい。血気逸《けっきはや》った州師の一部が北囲《ほくい》へ向かった。これが戦端になろう。そうなってからでは遅い。お前たちまでことごとく誅伐《ちゅうばつ》されてしまう」