小さく霞《かす》んだ姿が蒼天《そうてん》の中に消え去って、それで六太は傍《かたわ》らで同じように見送ってた尚隆を見上げた。
「ありがとうな……」
「なにがだ」
ぶっきらぼうに言う尚隆はまだ西を見ている。
「更夜を許してくれて」
「別段、お前のためにしたことではない」
どこまでも硬く、斬《き》って捨てるような口調に、六太は首を傾けた。
「……ひょっとして、怒ってるのか?」
尚隆はようやく視線を西の空から断ち切って六太を見る。
「怒っていないと思うのか? お前がうかつに攫《さら》われたせいで、いったい何が起こったか分かっているか?」
「……悪かったよ」
「許さんからな」
低く言われて、六太は尚隆の横顔を困惑して見上げた。
「亦信《えきしん》と驪媚《りび》と子供と。少なくとも三人だ。俺の身体を三人分、お前は刳《えぐ》り取ったに等しいのだぞ」
六太ははっと頭を上げる。
「俺は民を生かすためにいるのに、麒麟《きりん》のお前がみすみす死なせた」
「ごめん……」
「救う手だてはなかったのか。麒麟は慈悲の生き物というが、慈悲を与える相手を間違えていないか」
「尚隆、ごめん」
合わす顔もなくて、俯《うつむ》いてただ尚隆にしがみついた。その頭に軽く叩く掌《てのひら》の感触がする。その手は大きい。六太が十三のまま足踏みしていたせいだ。
「──任せろと言ったろう」
うん、とうなずく。任せておけ、と言われて、任せると決めたのに。麒麟は民意の具現というから、きっと自分のしたいようでいいのだろう、そう信じることにしようと心を決めたつもりだったのに。
莫迦《ばか》みたいに泣けてしまって、本当に自分は十三から、少しも大人《おとな》になっていなかったのだと、そう思った。
「朱衡《しゅこう》や帷湍《いたん》たちといい、六太といい。まったく俺の臣は見る目がなさすぎる」
軽口を叩くのに、六太はくすりと笑った。
「──尚隆……」
「なんだ」
「尚隆は更夜に約束したように、おれにもおれのための場所をくれるだろうか」
訊《き》けば頭上で失笑する気配がする。
「……お前も雁国民のはしくれだからな」
それで、と問われて六太は頭を上げる。
「どんな場所がほしい」
「……緑の山野」
六太は一歩を離れて尚隆に向き直る。
「誰もが飢《う》えないですむ豊かな国。凍《こご》えることも夜露に濡れることもない家、民の誰もが安穏として、飢える心配も戦火に追われる心配もない、安らかな土地がほしい。──おれはずっとそれがほしかった。親が子供を捨てたりしないでも生きていける豊かな国……」
ふと尚隆は笑む。
「お前は約束を違《たが》えず、俺に一国をくれた。だから俺はお前に必ず一国を返そう」
「……うん」
六太はうなずく。
「ではおれは、尚隆がいいと言うまで、目を瞑《つむ》っている……」