なあに、と陽気な声を出したのは、鈴の横にいる男だけだった。
「青柳《あおやぎ》さまはお大尽《だいじん》だからね。綺麗《きれい》な着物も着せてもらえるし、行儀作法《ぎょうぎさほう》だって教えてもらえる。年季《ねんき》が明ける頃にはすっかりあかぬけて、どこに出しても恥ずかしくないお嬢《じょう》さまになってるかもしれないよ」
男は言って、一人で声高く笑った。鈴はそんな男を首をのけぞらせて見上げてから、目の前にあるあばら屋をもういちど見渡した。傾いた柱と歪《ゆが》んだ茅葺《かやぶ》きの屋根。中は土間《どま》と二間きりで、そのどこもかしこもやはり傾いて歪んでいた。
鈴の家は貧しい。土地を借りて米を作っているけれども、上がりはほとんど小作料に持っていかれる。そのうえ今年は凶作《きょうさく》で、夏になっても稲の穂が出ない。このままでは小作料が払えない。だから鈴は年季奉公に売られていく。十七の兄でも十一の妹でも、九つの弟でもなく、十四の鈴が。——満年齢で言えば、十二でしかない。
「——さ、行こうか」
男に促《うなが》されて鈴はうなずいた。家族に別れは言わなかった。しゃべると涙がこぼれそうだったからだ。しっかり目を開けて、瞬《まばた》きをこらえた。その目で家族を見渡して、きちんと顔を覚えなおした。
元気でね、と母親はもういちど言って、そうして袖《そで》で顔を覆《おお》った。それで鈴は背を向けた。泣いている母、むっつりと押し黙る父と兄、その誰もが鈴を引きとめてはくれないことを理解していたからだった。