——いや、彼女自身にも、自分がそれを見ているのか、たんに瞳《ひとみ》に映しつづけているだけなのか、分からなかったのかもしれない。
力なく座った祥瓊の前に月渓が立って、彼女は月渓の姿をその爪先《つまさき》から上へと視線でたどる。
「峯王公主、孫昭《そんしょう》、汝《なんじ》を仙籍《せんせき》より削除する」
そんな、と祥瓊は月渓の顔を見た。父母の死はまだ実感できない。それよりも仙籍を失うことのほうが直截《ちょくさい》に身に迫って恐ろしかった。仙籍に入って三十年あまり、その身は十三歳のままに等しい。そんな祥瓊の生きる場所がどこにあるというのか。
「やめて、……お願い、それだけは……」
月渓は哀れむような視線を向ける。
「公主をこのまま捨て置けば、恨《うら》みを呑《の》んだ民が殺到しよう。小州に戸籍《こせき》をご用意する。公主の地位も仙籍とともに捨て、名を変え、市井《しせい》に紛《まぎ》れてしまうのが御身のためだろう」
それだけを言って、月渓は背を向ける。祥瓊はその背に叫んだ。
「——殺してちょうだい! わたくしも!」
祥瓊は床《ゆか》に爪を立てる。
「どうやって生きていけというの!」
月渓は振り返らない。祥瓊の腕を兵が掴《つか》んだ。
「ひどいわ、——ひどい!!」
鷹隼宮《ようしゅんきゅう》の一隅に梧桐宮《ごどうきゅう》と呼ばれる宮がある。この宮の主は白雉《はくち》、白雉はその生涯にただ二度人語をもって鳴くことから、別名を二声《にせい》という。一声は「即位」、二声は「崩御《ほうぎょ》」、よって二声を末声《まつせい》ともいう。
梧桐宮の白雉は末声を鳴いて斃《たお》れた。その白雉の足を月渓《げっけい》は斬《き》る。
王の玉璽《ぎょくじ》には呪力がある。王にしか使えない神器《じんぎ》である。王が斃れてしまえば、玉璽はそこに彫られた印影を失う。以後新王の登極《とうきょく》まで、そのまま沈黙を守るのである。法も布告も、玉璽なくしては効力を持たない。その代用となるのが白雉の足だった。
六官八侯の見守るなか、一通の書面に白雉の足が押捺《おうなつ》された。
いわく、公主孫昭を仙籍より除す、と。
——それから、三年の歳月が過ぎる。