「こんな時間まで、どこに行ってたの?」
くすくすと、里家に住む少女たちの嘲笑《ちょうしょう》が降りかかる。沍姆は冷淡な目で祥瓊を見た。
「言っておいたろう。——間に合わなかったのだから、今日は夕餉《ゆうげ》は抜きだからね」
祥瓊は唇《くちびる》を噛《か》んだ。里家で暮らして三年が経《た》つ。貧しい暮らしにも粗末《そまつ》な衣服にもなんとか辛抱《しんぼう》する術《すべ》を覚えた。それでもなお、ひもじいと哀願することは口が裂《さ》けてもできない。
「仕方ないわよ。玉葉は愚図なんだもの」
「無駄飯食《むだめしぐ》い、っていうんだ。おれ、知ってる」
嘲《あざけ》る言葉を聞きながら、祥瓊は足を引きずって正房《おもや》を出た。
中秋の月の光が、院子《なかにわ》に降っていた。院子の左右を囲む堂屋《むね》、その左右に男女が分かれて暮らしている。女子は向かって右の堂屋、そこに祥瓊は他の少女たちと雑居していた。他の少女が房間《へや》に戻ってくるまでの間、それが祥瓊に与えられた、ほんの短い楽に息をつける時間だった。
並べられた粗末な臥牀《ねどこ》、小さな卓子《つくえ》と、ぎしぎし傾く椅子《いす》。それらのものを見渡して、祥瓊は目を閉じる。
——悪夢のようだ。
鷹隼宮《ようしゅんきゅう》の一郭《いっかく》、祥瓊に与えられたのは、小なりとはいえ建物がひとつだった。広い贅沢な牀榻《ねま》、いくつもの房室《へや》、花が咲き鳥の歌う陽光に満ちた園林《ていえん》。かしずく女官《にょかん》たち、祥瓊のための舞妓《おどりこ》と楽妓《がくだん》、絹の衣装、玉の飾り。諸侯諸官の許《もと》から遊び相手にと集められた、明るく優美な少女たち。
もぐりこんだ衾褥《ふとん》は薄く、湿気を吸って冷たかった。北の国に寒い季節が来ようとしている。
屠《ほふ》られた父母、転々と転がった首。
——月渓《げっけい》、あの男。あの殺戮者《さつりくしゃ》。
こんな境遇に落としこむくらいなら、どうしてひと思いに殺してくれなかった。それともこれは月渓の悪意だろうか。永劫《えいごう》、苦しんで生きろとの。
祥瓊は目を閉じる。
このまま二度と目覚めなければいいのに。