——蓬莱。その、懐《なつ》かしい国。
「どうした木鈴《もくりん》。また洞主さまになにか言われたのか」
庭番の老爺《ろうや》が駆けつけてくる。鈴はただ首を振った。
常に梨耀はそうなのだ。ああして鈴を虐《いじ》めて喜ぶ。それほど鈴が憎《にく》いのだろうか。梨耀に憎まれるほどのものを、鈴が持っているとは思えないのに。
「なにを言われたか知らないが、気にするな。洞主さまに仕《つか》えるってことは、ただもう辛抱することだからな」
「そんなの、分かってるわ」
分かってはいても。他者から嘲《あざけ》られることが、苦痛でないわけがない。
「でも、どうしてあんな……っ」
泣き崩《くず》れた鈴の背後で老爺《ろうや》は溜め息を落とした。
「……景王」
鈴はつぶやいた。蓬莱の出身だといった。だとしたら、故郷はどこだろう。いまごろあの国はどんなふうになっているのだろう。
ねえ、と鈴は涙にまみれた顔のまま、背後で困ったように息をついている老爺を振り返った。
「……景王って、どこにいるの」
「そりゃあ、当然、慶だ。慶の王宮におられるだろうよ」
「……そう」
鈴と同じく蓬莱から来た娘。鈴のようにやはり慶に流れ着いたのだろうか。——そして彼女は王になった。この地上で並びなき地位。
……会ってみたい。
どんな娘なのか。ひょっとして。
彼女なら、真実、鈴を哀れんでくれるのではないだろうか。彼女なら理解してくれるだろう。故郷から遠く隔てられ、異国に流された苦しみ、言葉の通じない痛み、鈴がおかれたこの境遇の悲しさ。
「景王が才に来ることってあると思う?」
老爺に訊《き》くと、彼は首を振った。
「ないのじゃないか。どこかの王が来るなんて、滅多にあることじゃない」
「そう……」
景王に会いたい、と鈴は胸の中にもう一度つぶやいた。
どうやって会えばいいだろう。慶に行って会いたいと言えば、すんなり会わせてもらえるものだろうか。どうやって慶に行こう。梨耀《りよう》に言えば、また笑いものにされるだけだろう。理由を言わずに旅がしたいと願って、はたして梨耀がすんなり鈴を出してくれるだろうか。
鈴は梨耀の嘲笑《ちょうしょう》と罵詈《ばり》を想像して、小さく震えた。たとえ百年といえども、他者から嘲られることに傷つく痛みが絶えるわけではない。
会いたい。会いに行く方法がない。
どんな娘だろう。玉座《ぎょくざ》につくのだから、慈愛深いひとがらのはずだ。決して梨耀のような残酷な性格ではないはず。
訊《き》きたいことがたくさんある。それよりいっそう、訴えたいことがたくさんある。
——来て。
鈴は東の空を見た。
お願いだから、才に来て。
……ここに来て、あたしを見つけて——。