著《いちじる》しく問題のあった国官の整理が済み、とりあえずその穴も埋まった。予王《よおう》の残した悪法を廃止し、予王が廃した法を再度発布した。難民の救済のために国庫から大きく予算をとり、今年の租税《そぜい》は軽減した。
なんとか国は前に進んではいる。——すべて諸官の言いなりに。
新王|登極《とうきょく》だと誰もが喜ぶ。なにがめでたいものか、と陽子は思う。陽子にはこちらの常識が分からない。判断を仰《あお》がれても、判断のつかないことが多く、ましてや自分からなにかを命じることはよりいっそう難しかった。
たとえなにかを提案しても諸官の失笑をかうだけ、しかも勅令《ちょくれい》でないかぎり三公六官の承認がいる。初勅《しょちょく》は多分に儀式的なことだから、初勅がなければ勅令を出してはならないというものでもないらしいが、断固として勅を下す勇気が陽子にはない。結局予王の残した六官の言いなりになっているしかなかった。
——これが景王の実体。
陽子は自嘲《じちょう》ぎみにひとり笑う。
新王登極だと喜ぶ声が王宮にまで聞こえる。楽俊《らくしゅん》にも延王《えんおう》、延麒《えんき》にも寿《ことほ》がれたそのことの、内実がこうだなんて、誰が想像するだろう。
「——主上」
午後の政務を終えた景麒が、執務の間《ま》に入ってきた。
「先ほどまで冢宰がおいでとか」
「そう、来ていた。例の夫役《ぶやく》の件で。……冢宰に任せることにした」
景麒はわずかに眉《まゆ》をひそめる。
「任せたのですか」
「いけなかったか?」
陽子の問いに、景麒は無言で憮然《ぶぜん》とした表情を作った。
「わたしにはどちらを優先するべきか、分からなかった。分からないのは国情が分からないからだ。国のことに詳《くわ》しい者に任せた。……いけなかったか?」
「べつにそれでも結構ですが」
景顧は溜め息まじりに言う。陽子もまた溜め息を落とした。
いったい、登極《とうきょく》してから何度、景麒のこの溜め息を聞いたろう。
「それではいけないのだったら、そう言ってくれないか」
「諸官の言葉に耳をお貸しになるのはいいことです。主上が任せると決めたのでしたら、それで結構です」
では、なぜそんな渋い顔をする、と陽子はその表情に乏しい顔を見た。表情に乏しいくせに、不満だけは顔に出る。
「不満があるのなら、そう言え。——どうしろと言うんだ、言ってみろ」
自然、陽子の口調は厳しくなる。誰も彼もが陽子に溜め息をつく。正直言って、うんざりしている。
景麒はあいかわらず憮然とした表情で口を開いた。
「では、申しあげますが。——国を治めるのは主上なのです。それをどうして、いちいち官の言いなりになるのです。官吏《かんり》の言を心広くお聞きになるのを悪いとは言いませんが、一事が万事冢宰の言いなりでは、他の官が不満に思いましょう。官の言をお聞きになるというのなら、諸官の言葉を平等にお聞きになるべきではありますまいか」
「聞いているだろう」
景麒はさらに憮然とする。
「お聞きになったうえで、冢宰にお任せになったのなら、不満はございません」
陽子は大きく溜め息をついた。
「……景麒も、わたしが不満か?」
主上、と目を見開く下僕《しもべ》を陽子は見やる。
「女王が不満か? わたしは不甲斐《ふがい》ないか」
諸官は常に猜疑《さいぎ》の目で陽子を見る。懐達《かいたつ》という言葉を聞いた。彼らは女王を玉座《ぎょくざ》に据《す》えておくこと自体が不安なのだ。
「そういうことではありません」
陽子は目をそらした。書卓《つくえ》に肘《ひじ》をつく。
「……わたしを玉座に据えたのはお前だろう。お前までそんな目で見ないでくれ」
「主上、わたしは」
陽子はその声を遮《さえぎ》る。
「——退《さが》れ」