きっとうそだ、沍姆《ごぼ》の嫌《いや》がらせだったに違いない、と言い聞かせ言い聞かせ、里祠《りし》の前にある広途《おおどおり》まで出て、祥瓊は凍《こお》りついた。
「……うそ……」
広場を埋めた人々。里《まち》の者以外の顔も見える。その人垣《ひとがき》の中央、雪をかいた地に打たれた二本の杭《くい》と、用意された二台の牛車《ぎゅうしゃ》。
「……うそでしょう? まさか、あれを使ったりしないわよね?」
祥瓊は両腕を掴《つか》んだ男たちを見上げた。一方の男が皮肉げに笑う。
「怖《こわ》いんじゃないだろうな? お前の父親がよくやっていたことじゃないか」
もう一方の男も歪《ゆが》んだ笑みを浮かべる。
「嬉《うれ》しいだろう。父親のお気に入りのやりかただ。主上《しゅじょう》もお喜びになるだろうよ、自分の娘がこんどは主役だからな」
「……いや……」
祥瓊はなんとかその場に踏みとどまろうとした。その場に足を踏みしめ、引く力に抵抗し、その場にしゃがみこむようにして身をよじっても、戒《いまし》めた力はびくともしない。
「やめて……お願い……」
「つべこべぬかすな!」
男は吐《は》き捨てる。
「俺の女房は、まさしくあれで殺されたんだ!」
たかが髪飾りをつけて隣町へ行っただけで、と男は呻《うめ》くように言う。祥瓊の腕を抜けるほど強く引いた。
「女房と同じ目に遭《あ》わせるのじゃ、溜飲《りゅういん》も下がらないが、これ以上の罰を思いつけなかったんだから仕方がない」
「——いや! お願い!!」
祥瓊を見守る里人《まちびと》の顔に哀れみはなかった。いかなる救済もないまま、地に引き倒され、押さえこまれる。悲鳴をあげ、泣き叫んだが、男たちはいっさいの慈悲をたれなかった。胸を抱きしめるようにして縮めた腕を無理やり伸ばされ、その手首に革紐《かわひも》が巻かれた。丸める身体を伸ばされ、仰向《あおむ》けにされ、腕が杭《くい》に括《くく》りつけられる。
助けを求めて目を見開いた祥瓊の瞳《ひとみ》に、どんよりと濁《にご》った空が虚《むな》しく映った。
地を蹴って逃げる足が掴《つか》まれる。足首に皮革《かわ》の感触を感じて、祥瓊は悲鳴をあげたまま凍《こお》りついた。
——うそだ。
こんな恐ろしいことが、自分の身の上に起こるなんて。
足に革紐が括りつけられ、紐を引かれて両足が無防備に開く。見開いたまま凍りついた祥瓊の視野に黒い染《し》みが浮かんだ。
——ああ、これが死の先触れだったら。身体を裂《さ》かれる前に、死んでしまいたい。
顎《あご》をこじあけられ、口の中に布を押しこまれた。これで祥瓊は舌を噛《か》みきる術《すべ》さえ失う。視野の中の黒い染みが広がっていく。
足に巻かれた紐が車に結びつけられた。空に広がった染みがまた一段と大きくなる。ふと、屈《かが》みこんだ男が頭上を仰《あお》いだ。
祥瓊はその染みに、赤いものを見る。赤い——真紅《しんく》の——あれは旗ではないだろうか。
——旗?
ようやく祥瓊はその染みが鳥の影であることに気づいた。巨大な鳥だ。しかも三羽。舞い降りてくる鳥と、そこに騎乗した人影、その手に掲《かか》げられた真紅の旗。その旗に星辰《せいしん》と二頭の虎《とら》を認めて、祥瓊は目を閉じた。眦《まなじり》から涙があふれて蟀谷《こめかみ》で凍りついた。
——恵州州師《けいしゅうしゅうし》の旗である。