大司寇《だいしこう》と入れ違いのようにして入ってきた景麒は、その眉《まゆ》をひそめている。
「……自殺だそうだ」
景麒は深い溜め息をつく。
「……ですから、あまりに主上は冢宰《ちょうさい》を重んじすぎると申しあげました」
陽子は眉間《みけん》を寄せる。
「それは、わたしのせいだ、という意味か? わたしのせいで大宰が謀反《むほん》を企《たく》らみ、だから死んだのだと?」
「臣下の寵《ちょう》に偏《かたよ》りがあっては、いたずらに乱を招くことになります」
「確かに浩瀚の件に関して、わたしは冢宰の罷免《ひめん》せよという意見を容《い》れた。実際、浩瀚が玉座を狙《ねら》っていたという証人がたくさん出てしまったのだから仕方ないだろう? それともそれでも、大宰らの意見を容れて、浩瀚を麦州侯のままにしておくべきだったと言うのか?」
「いえ……それは」
「罷免された浩瀚がわたしを恨《うら》んで、大宰、三公らと弑逆《しいぎゃく》を企《くわだ》てた。——これはわたしのせいなのか?」
「……、主上」
「臣下の中では、浩瀚に死を賜《たまわ》り、憂《うれ》いを除けという意見が趨勢《すうせい》だった。それに反対したのは誰だ? 生き延びた浩瀚が逆恨みで弑逆を企らむ。これが、わたしのせいなのか?」
景麒は憮然《ぶぜん》と沈黙する。
「確かに大宰は冢宰と意見が対立することが多かった。だが、冢宰は六官の長、対して大宰は宮中の諸事を司《つかさど》る天官長《てんかんちょう》だろう。大宰が祭祀《さいし》を司る春官長を歴任した者なのに対して、冢宰は秋官長、地官長を歴任している。法のこと、土地のことなら冢宰のほうが詳《くわ》しい。それで冢宰の意見を容れることが、そんなに悪いことだったのか?」
「主上、そういう意味ではありません」
「では、どういう意味だ?」
景菰は憮然としたまま、返答がない。
「冢宰《ちょうさい》らは今回こそ、浩瀚《こうかん》を処罰《しょばつ》せよと言ってくるだろう。わたしはこれに対してもう反対する術がない。——どうだ?」
「浩瀚の意見もお聞きください」
「もちろん、そうする。すでに秋官長《しゅんかんちょう》には浩瀚を連れてくるよう、命じてある。ふつう浩瀚は否定するだろう。だが、浩瀚のもとから大宰《たいさい》宅に使者がたびたびあり、それが武器を運んでいたという証言が実際にある。——こういうとき、わたしはどうすればいい?」
「臣下を裁くときには情けをもって——」
「そしてまた同じことを繰り返すのか?」
景麒は言葉に詰《つ》まった。
陽子はその姿から視線をそらして窓の外を見た。
「お前も諸官もわたしが悪い、と言う。わたしが女王だから悪い、わたしが胎果《たいか》だから悪い、そう、溜め息をつく——」
「主上、決してそのような」
陽子は首を振った。
「冢宰は見たことか、と言うだろうな。浩瀚および三公を厳重に処罰しろと言うだろう。これを容《い》れればお前は不満に思う。これを拒絶すれば、冢宰らが不満に思う。——わたしはどうすればいいんだ?」
「主上……」
陽子は息を吐《は》いた。
「浩瀚および三公は処罰する。三公を罷《ひめん》免し、浩瀚ともども国外追放を命じる。処罰しないわけにはいかない。お前は殺すなと言うだろう。——だから、そうする。それでいいな?」 景麒は口を開きかけ、閉ざした。
「……分かりました」
短く言って、深い溜め息をひとつ。溜め息のほうが言葉よりも、はるかに多くを語っている。——景麒は気に入らないのだ。
陽子は払暁《ふつぎょう》の雲海を見やって、軽く笑った。
「初勅《しょちょく》で溜め息を禁じようか」
「主上——」
「お前も溜め息をつくのに飽《あ》きただろうけど、わたしもそれを聞くのに飽きてるんだ」
言って陽子は手を振る。
「——退《さが》れ。休むといい。今日の朝議は紛糾《ふんきゅう》するから」