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十二国記344

时间: 2020-08-30    进入日语论坛
核心提示: 蘭玉は餅湯を器に分けていて、突然中庭から悲鳴を聞いた。 はっと振り返ると、桂桂が廂房《はなれ》から駆《か》け戻ってくる
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 蘭玉は餅湯を器に分けていて、突然中庭から悲鳴を聞いた。
 はっと振り返ると、桂桂が廂房《はなれ》から駆《か》け戻ってくるところだった。
「おねえちゃん——!」
「どうしたの!?」
 桂桂の悲鳴ではない。——それだけではない。いまも悲鳴が続いている。
「妖《よう》、魔《ま》」
 遠甫《えんほ》が立ち上がる。蘭玉は両手で口元を押さえて悲鳴を呑《の》みこんだ。
「裏から出て、里祠《りし》に行きなさい」
 遠甫は泣きじゃくる桂桂の背中を押す。
「里木《りぼく》の下に逃げこんでじっとしておるんじゃ。いいな?」
「おじいちゃんも」
「儂《わし》もすぐに行く。だから待っておれ」
 遠甫は蘭玉にうなずいてみせた。先に行け、と促《うなが》す。蘭玉は遠甫にうなずき返して、桂桂の手を引いた。裏口を押しあけ、外に転《ころ》がり出ようとして、羽音を聞いた。逞《たくま》しい翼が大きく羽博《はばた》く音。
 とっさに後退《あとずさ》り、扉を閉めた。その前にほんの一瞬、翼をしなわせて降り立つ虎《とら》の姿を見た。——窮奇《きゅうき》である。
「蘭玉?」
 土間《どま》を出て悲鳴のほうに向かおうとしていた遠甫が振り返る。
「裏に——窮奇が」
 桂桂が痛ましい声をあげて泣き始めた。人を食う捧猛な妖魔。——この里は終わりだ。窮奇は目につく人間を喰らいつくす。
 まだこれほどに、国は荒れている。
 がし、と裏の扉が震えた。蘭玉は跳《と》びすさり、桂桂の手を引き、遠甫に抱えられるようにして正堂《ひろま》へと走った。その背に窮奇の爪《つめ》で裂かれた扉の木《こ》っ端《ぱ》が飛んでくる。正堂の扉を閉め、院子《なかにわ》に駆《か》け下りた。——とにかく、なんとかして里祠《りし》へ。里木《りぼく》の下なら、妖魔は襲ってこない。
 中門へと走廊《かいろう》を走り、石段を駆け下りて前院《まえにわ》に出る。背後で子供たちの悲鳴が続いていた。
 助けてやりたい。だが、その術《すべ》が蘭玉にはない。見捨てて逃げる非道は百も承知、もしもそこに桂桂がいたなら、なにを犠牲にしても駆け戻っただろうに。
 ——ごめん、……ごめんね。
 大門《もん》の軒下まで駆け寄ったとき、桂桂がひっと声をあげた。思わず桂桂の視線を追って蘭玉は振り返る。中門の屋根で身を屈めた窮奇の姿が目の中に飛びこんできた。
「逃げなさい」
 遠甫の身体が前に出る。
「飛び出して、後ろを見ずに里祠へ走るんじゃよ」
 いや、と桂桂が遠甫の上着を握る。
「子供は死んじゃあいかん」
「おじいちゃん!」
 蘭玉は桂桂の手を引いた。——この子だけは。
 ここで遠甫を見捨て、先で蘭玉が盾《たて》になっても、この幼い弟だけは。
 窮奇が舌なめずりして、深く身を屈めた。飛び降りてくるのを見て、蘭玉は無我夢中で桂桂の手を引く。その鼻先を赤い色がかすめて通り抜けた。
「——え」
 通り抜けた赤い髪。駆け寄り、駆け抜けていった人影の残像。
 振り返った蘭玉の目に映ったのは翻《ひるがえ》る赤い色と、鮮やかな弧《こ》を描く白刃《はくじん》のきらめき。
 小柄な少年だった。その影と飛び降りてきた窮奇の影が交わって、蘭玉は弟の身体を抱きしめる。
 窮奇《きゅうき》の爪《つめ》、窮奇の牙《きば》、丸太のような太い脚。全身が凶器のようなその妖魔を軽々とかいくぐって白刃が舞う。しぶいた血潮は妖魔のもの、鋼《はがね》の爪を出した妖魔の脚が刎《は》ね落とされる。吼《ほ》えて体を傾《かし》がせた妖魔の喉《のど》元に繰り出される切っ先。突いた剣を抜きざま払って、窮奇の太い首を深々と斬撃《ざんげき》が噛《か》む。
 どう、と窮奇が横倒しになった。飛びすさってそれを避けた少年は、躊躇《ちゅうちょ》もなく駆《か》け寄って首に一撃を振り下ろす。柄《つか》を掴《つか》んだ両手にさらに片|膝《ひざ》を添えるようにして一息に窮奇の首を落した。
 蘭玉《ぎょくらん》はべたりと膝をついた。
「……うそ」
 信じられない。窮奇を倒すなんて。
 目を閉じる間《ま》もなかった。悲鳴をあげる間でさえ。桂桂を抱いたまま座りこんだ蘭玉を、少年は露《つゆ》を払いながら振り返る。
「——怪我《けが》は」
 ない、と首を振る以外になんと答えられただろう。あんぐりと口を開けた遠甫《えんほ》が、押し止める形に上げたままの手をようやくおろした。
「お前さん——」
 遠甫が言い差したとき、桂桂が声をあげた。
「おにいちゃん、うしろ!」
 間髪入れず少年が振り返る。納めた剣を抜き払うと同時に、中門の奥からもう一頭の窮奇《きゅうき》が飛び出してきた。
 体当たりするように飛びかかってきた窮奇を、するりと少年はかわす。窮奇の血|濡《ぬ》れた牙《きば》が虚《むな》しく宙を噛んだ。その後頭部に振り下ろされる斬撃《ざんげき》。のけぞった窮奇の肩をさらに突き通し、抜くと同時に身をよじって振り返る窮奇の喉《のど》を刺し貫く。
 またも、なんの造作もなかった。
 横倒しになった窮奇の喉元に食いこんだ剣にひきずられ、少年がたたらを踏むのが妙《みょう》に胸に迫った。窮奇に比べ、その少年はあまりに軽いのだ。
「すごい——すごい!」
 桂桂が蘭玉の手を離れて立ち上がった。
 もういちど、白刃《はくじん》の露《つゆ》を払って、少年は振り返る。
「怪我《けが》は、ないようだな」
「うん。おにいちゃん、すごいね」
 桂桂に軽く笑んで、少年は奥を振り返る。
「悲鳴がやんでる……」
 遠甫が少年のほうによろめき出た。
「他にも子供が——」
 最後まで言わせず、少年は窮奇の死体を頓着《とんちゃく》もみせずにまたぎ越して、奥へと向かって駆《か》けていく。
 あわてて蘭玉たちはその後についていき、無惨《むざん》なありさまになった廂房《はなれ》を見た。
 息のある者はいなかった。十五から七つまでの三人の子供たち。同じ家で今日まで一緒に暮らしてきた。
 開いた大窓、ゆれる板戸。吹きこんだ冷気でしんと房間《へや》は冷たく、辺り一面に撒《ま》き散らされたまだ臭いも生々しい鮮血から、湯気がたっていないのが不思議なほどだった。
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