蘭玉は里家《りけ》を遠巻きにする人々を見やり、次いで剣を片手に提《さ》げたまま院子《なかにわ》に立って死者を見送っている少年を見上げた。紅の髪に深い翠《みどり》の瞳《ひとみ》。よく陽《ひ》に灼《や》けた快活そうな肌の色。着ているものは丈《たけ》の短い粗末な袍《ほう》だが、窮奇を斬《き》った剣は見事だった。
「あの……ありがとう。——おかげで助かりました」
いや、と答えた声は静かだがどこかぶっきらぼうな印象を与えた。歳の頃は蘭玉《らんぎょく》よりも少し下に見える。背丈《せたけ》にはあまり変わりがないから、歳のわりには長身の部類に入るだろう。
「北韋《ほくい》のひと?」
少なくとも里《まち》では見かけない顔だったのでそう訊《き》いたのだが、これには、いや、と返答があった。蘭玉は首を傾《かたむ》ける。なにしろ朝早くのことなのでいぶかしく思った。里閭《もん》は夜明けに開く。朝一番に里に入ってきたのだとしたら、この人物は昨夜野宿した勘定になる。
蘭玉がそう言うと、相手は頓着《とんちゃく》なくうなずいた。
「野宿だった。——どこかの廬《むら》で宿を頼もうと思ったけど、どこも無人だったから」
この季節に廬に宿を乞《こ》おうだなんて、と蘭玉は呆《あき》れ、すぐに考えを改めた。
「ひょっとして、南から来たの? 巧《こう》や奏《そう》あたりの」
ずっと南の暖かな国では、冬にも廬に残る人が多いと聞いた。
「いや。雁《えん》から」
「雁なら寒い国でしょう。雁の廬だって空《から》だったでしょうに」
「そうだったかな」
くつくつと笑う声が聞こえて、振り返ると近所の家に桂桂を預けた遠甫《えんほ》が戻ってきたところだった。
「その子は海客《かいきゃく》じゃよ」
遠甫に言われて、蘭玉は目を見開いて少年を見上げる。遠甫もまた彼を見上げるようにした。
「あんたが中陽子《ちゅうようし》じゃね?」
「そうです。——では、あなたが遠甫さん?」
遠甫はうなずいて、蘭玉を見る。
「言っておった子じゃよ。これから里家《りけ》で預かる。仲ような」
「え? ——でも……」
蘭玉はまじまじとその人物を見上げた。遠甫には同じ年頃の少女だと聞いていたので。
「……ごめんなさい……! あたし、勘違いしてたみたい」
相手は軽く笑った。
「構わない。慣れてる」
遠甫は蘭玉を見やる。
「陽子、この娘は里家の子で蘭玉という。先ほどお前さんが助けた小童《こども》の姉じゃ」
よろしく、と陽子は軽く会釈をする。蘭玉がこちらこそ、と笑ったとき、遠甫が軽く蘭玉を促《うなが》した。
「——さあ、着るものを着替えて、桂桂のところへ行ってやるといい。ずいぶんと怯《おび》えておったから」
はい、とうなずいて小走りに去っていく蘭玉を見送り、遠甫は改めて傍《かたわ》らの娘を見上げた。
「——礼はいたしませんぞ。人目がありますゆえ」
「もちろん、結構です」
「申しわけないが、里家《りけ》の者として待遇させていただく」
「そのつもりで来ました」
その静かな声を聞き、その目を見て遠甫はうなずく。
「お礼申しあげる。よくぞ我らを救ってくだされた」
「まだこんな人里に妖魔が出るんですね」
「じきに出なくなりましょうよ。——慶《けい》には新王がおられますからな」