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十二国記353

时间: 2020-08-30    进入日语论坛
核心提示: 祥瓊《しょうけい》は天官《てんかん》のうち、宮中の建物を管理する掌舎《しょうしゃ》の下に配属された。正確には掌舎の下官
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 祥瓊《しょうけい》は天官《てんかん》のうち、宮中の建物を管理する掌舎《しょうしゃ》の下に配属された。正確には掌舎の下官が使うさらに下僕《しもべ》である。
 祥瓊の朝は夜明け前に始まることになった。まだ払暁《ふつぎょう》の先触れさえ見えない頃に起こされ、全ての家具の塵《ちり》を払うところから生活が始まる。窓の玻璃《はり》を磨き、床《ゆか》には水を撤《ま》き、藁《わら》で磨きあげ、さらにそれを水で流して、王や諸官が起き出す前に完全に拭《ふ》いて乾かしておかなくてはならない。
 王や諸官が政務に入れば、庭を整える。草を間引き、石畳を掃除し、磨きあげ、これもまた執務を終えた高官が各府を退出する前に、完全に乾かしておかなくてはならなかった。王や諸官が退出した場所を追いかけるようにして整え、掃除に使った大量の布を洗い、夕餉《ゆうげ》が終われば早々に寝るだけ。
 そうして、床や石畳に水を撤いて磨いている間にも、王や諸官が通れば水たまりの中に平伏していなければならなかった。床に屈《かが》みこんで働いているか、さもなければ平伏して人が通り過ぎるのを待つか、そうでなければ祥瓊は掃除のための布が山のように入った籠《かご》を背負って歩いた。ここが汚れている、と声をかけられれば飛んでいって平伏し、汚れを落とす。
 住む場所は王宮の一郭に宿舎があり、着るものは与えられ、ひもじい思いをすることもない。恭《きょう》の冬は芳《ほう》の冬よりも過ごしやすく、雲海の上は下界に比べてなおいっそう過ごしやすい。——だが、祥瓊は芳の寒村に暮らしていたころよりもいっそう惨《みじ》めになった。
 他の奚《げじょ》たちは宮中で働けることを誇りに思っているふしがあったが、祥瓊にはとうていそうは思えなかった。磨かれた床を歩き、平伏されるのは自分だったはずだ、三年前までは。同じ宮中にいて、床に額をこすりつける自分の惨めさ。
 そして供王珠晶《きょうおうしゅしょう》は徹頭徹尾、祥瓊を無視した。最初にやってきたあの日以来、声をかけられることはいっさいなかった。祥瓊はただ床にはいつくばり、視野の片隅を鮮やかな絹の裳裾《もすそ》が、馥郁《ふくいく》とした香り、玉佩《おびだま》の揺れる涼やかな音色とともに流れていくのを見守っているしかなかった。
 ——いっさいが、かつて祥瓊の手の中にあったものだったのに。
「……こんなものだって」
 祥瓊は家具を磨いていた拭き布を置いて、その花鈿《はなかざり》を手にとった。戴国《たいこく》に産出する軟紅玉《なんこうぎょく》。紅の透明な玉の一塊《いっかい》から彫り出した牡丹《ぼたん》。指先で折れそうなほど薄い花弁が幾重にも重なって、見事な花を開いている。
「いくらも持っていたわ。……官が先を争ってわたしにくれた」
 御庫《ぎょこ》の中だった。その部屋のひとつ、整然と並んだ棚の中に、布に包まれた装身具が並べられている。
 ——あれらの品はどうなったのだろう。おそらくいまも御庫の中に眠っているのにちがいない。布に包まれ、持ち主のいないまま手入れだけされて、次の王を待っている。——その王后《おうごう》か、公主《こうしゅ》の髪を飾るのを。そうやって継承された御物が、御庫の中にはあふれるほどあった。
 ——あるいは、女王か。
 祥瓊はその花鈿《はなかざり》を床《ゆか》にたたきつけたい衝動をおぼえた。
 ——供王。そして景王《けいおう》。
 いま、この世界にこの幸せを謳歌《おうか》している者がいる。祥瓊がただ王の娘だったというだけで、これほど辛《つら》い生活をしているのに。
「どうせ終わりが来るのよ……」
 ——どの王にも必ず終わりがある。王宮の床に骸《むくろ》が転《ころ》がる日が。
 自分をなだめようと言い聞かせても、少しも祥瓊は慰《なぐさ》められなかった。
 供王や景王が骸になる日が来る前に、祥瓊の生が終わるだろう——。
「終わったの?」
 いきなり声をかけられて、祥瓊は内心、跳び上がった。掌舎《しょうしゃ》の奚《げじょ》を監督する老婆《ろうば》が祥瓊を見ていた。
「ええ——はい」
「だったら早く次へお行きよ。急いで済ませてしまわないと、夕餉《ゆうげ》に間《ま》に合いやしないよ」
 すみません、と祥瓊はあわてて花鈿を布に包む。老婆はふと笑む。
「若い娘をここに入れたのが間違いだったかね。気持ちは分かるけど、御品に触《さわ》るのじゃないよ。もしも欠かせたりしたら、大事になるからね」
「はい……」
 祥瓊は花鈿を棚に戻す。
「こんなのを髪に挿《さ》してみたら、と思うんだよね。あたしなんかでも美人に見えるのじゃないだろうかって。あたしも若い頃、そう思ってこっそり挿してみたことがある」
 祥瓊は皺《しわ》の深い老婆の顔を見返した。老婆は笑う。
「そうしてがっかりしたの、なんの。あたしらみたいな人間には似合いやしないのさ。絹の御衣にしてもそう。これは珠みたいな真っ白な肌《はだ》じゃなきゃ、似合わないようになってる。案山子《かかし》に花を挿《さ》したような案配で、自分でも情けないやらおかしいやら」
 祥瓊は拭《ふ》き布を手に取り、固く握りしめた。
「けどね、あたしたちには働き者の手足がある。しっかりした身体と、実直な気性がね。位もなけりや花鈿《はなかざり》もないけど、そんなもので飾らなくても見栄《みば》えのする健《すこ》やかな身体がある。——そんなもの、構わないでおおき」
 ——わたしは違う——。喉元《のどもと》まで出かかった言葉を、祥瓊はかろうじて呑《の》みこんだ。老婆《ろうば》は祥瓊の心中も知らず、笑う。
「おまけにあんたには若さがある。そのうえなかなか別嬪《べっぴん》だ。自分に与えられたものを大切におし。つまんないものをうらやんで、せっかくの器量を台無しにしないようにね。——さ、ここが済んだんだったら、奥の部屋へ行っとくれ」
 祥瓊は面《おも》ぶせ逃げるように部屋を出た。奥の部屋へ入り、扉を閉めてしばらくそこで肩で息をしていた。
 ——鷹隼《ようしゅん》の一瓊《ほうせき》。
 珠の肌《はだ》、夜明け前の紺青《こんじょう》の髪、花のような紫紺の瞳《ひとみ》。賛美は波のように飽《あ》くことなく祥瓊に打ち寄せた。いっさいを失った。祥瓊の与《あずか》り知らぬことによって。
「こんなもの、いくらでも持っていたわ……」
 つぶやいて祥瓊は棚に歩み寄る。六服と飾りをしまう部屋だった。祭祀《さいし》に使われる、女王、王后《おうごう》、公主《こうしゅ》の盛装と、その姿を飾るための品々。
 鳳凰《ほうおう》の羽を織りこんだ衣、芥子粒《けしつぶ》ほどの黒真珠を繋《つな》いで透《す》かし彫《ぼ》りのように編んで梧桐《ごどう》の枝にとまる鳳凰を表した鳳冠《ほうかん》。玉ならば戴国《たいこく》の玉泉でいくらでもとれる。真実高価なのは南の海、赤海《せっかい》の南から収穫してこなければならない真珠だった。
 全部失った。——祥瓊のものだった美しい品々は、御庫《ぎょこ》の中で次の主を待っている。
「でも、あれはわたしのものだわ」
 祥瓊に合わせて作らせた、と臣下から献上された品々。それをどうしてみすみす次の女王にくれてやらなければならない。——祥瓊は次の峯王《ほうおう》が女王だという確信を抱いている自分を見つけた。
 ——きっと女王だ。それも祥瓊と同じ年頃の。——景王《けいおう》のような。
 そしてその、ほんの少し運の良かった娘が、かつて祥瓊のものだった全てを奪い取っていく。祥瓊がここではいつくばり、辛《つら》い労働に忙殺されているあいだ、なんの楽しみも幸せもなく、老いさらばえていくあいだ、それらの品で身を飾りつづけるのだ。
 ——許せない。
 祥瓊が失った全てのものを手に入れた景王。ついこの間まで、ただの娘にすぎなかった女。それが麒麟《きりん》の選定を受けて、祥瓊が失ったものを手に入れた。ただの娘には永遠に手に入らないはずだったものを。
 今頃、慶《けい》の王宮で有頂天になっているだろう。祥瓊のように、それを失う日がくることなど、夢にも思わず。数え切れないほどの衣装を着てみるのに忙しく、花鈿を髪に挿《さ》してみるのに忙しい。
 ——奪い取ってやりたい。
 祥瓊が失ったものを、その女から取り返したい。
 祥瓊はふと、手に取った鳳冠《ほうかん》を頭にのせてみた。房間《へや》の隅、大鏡の布を上げて、のぞきこんでみる。
 ——まだ似合う。
 ちやんと衣装を整えて、髪を綺麗《きれい》に結い上げれば。
 ——これを景王から奪い取ってやったらどうだろう。
 簒奪《さんだつ》。
 父母を殺し、祥瓊をこの惨《みじ》めな境遇に落としこんだあの憎《にく》い男——月渓《げっけい》が許されるのなら、祥瓊だって許されていいはずだ。
 一瞬、祥瓊は供王《きょうおう》の居室の方角を窺《うかが》い見た。あの小娘から奪ってやろうかと思ったが、景王からでなければ胸のうちが晴れない。
「景王から玉座《ぎょくざ》を簒奪する……」
 そうして、供王のもとに晴れやかに笑ってやってくるのだ。月渓に許したものを、わたしにもよこせ、と。それでこそ、溜飲《りゅういん》が下がるというものだろう。
 祥瓊は冠をおろし、丁寧《ていねい》に布で包んで棚に戻した。かわりに棚を物色し、小さな飾りをいくつか、帯をいくつか取り上げて、拭《ふ》き布を山のように押しこんだ籠《かご》の中にそれを隠した。これを壊して玉を売れば、充分|慶《けい》までの旅費になる。
 ——もちろん、ばれるだろう。これらの品々は司裘《しきゅう》の官の管括《かんかつ》。その下官が毎日これらの埃《ほこり》をはらい、磨《みが》きあげる。だが、それは明日の話。今日の彼らの務めはもう終わっている。
 棚のものの位置を注意して動かし、そこからものが消えた空白を埋めた。何食わぬ顔で掃除をし、庭の繁みの中にそれを隠して、さらに何食わぬ顔で拭き布を洗って食事をしたら奚《げじょ》四人で共有の房間《へや》に戻り、眠ったふりで深夜を待った。
 深夜、祥瓊は籠を背負って禁門《きんもん》に向かう。閹人《もんばん》に声をかけ、粗相《そそう》をした罰に鞍《くら》を磨けと王に言われた、と言えば、不審そうにしながらも通してくれた。
 禁門からは飛翔する乗騎がなければ出られない。禁門の外の厩《うまや》に騎獣《きじゅう》がいるが、一介の奚に乗りこなせるわけもない。——だが、祥瓊は一介の奚などではない。
 厩に入り、吉量《きつりょう》に目を留めて、祥瓊は手早く鞍を置いた。
「わたしも自分の吉量を持っていたわ」
 にっこり笑んで、祥瓊は厩の戸を開け放つ。駆《か》け寄ってくる閹人を笑って、軽々と吉量を飛翔させた。
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