建物の基本になるのは一明二暗、開放型の部屋がひとつに、閉塞《へいそく》した個室がふたつ付属する。陽子に与えられた房間《へや》もそうで、故郷ふうに言えば四畳半ほどの起居《いま》に三畳ほどの臥室がふたつ付属している。大きな家では、一方の臥室には牀榻《しょうとう》を置いて寝室にし、もう一方の臥室には、寝台と椅子《いす》をかねた榻《ながいす》を置き、書卓《つくえ》や棚を置いて、基本的には書斎のような個室として使用する。その二室の間にある堂は起居、気候の良い季節なら扉を開け放して、目隠しのために衝立《ついたて》を置く。その扉も細く折りたたむ折り戸で、全部を開ければ間口いっぱいまで開くのがふつうだった。部屋というよりは、通路の一部が広くなって、そこに卓と椅子が置いてあるという感じが陽子にはする。
里家《りけ》の折り戸には玻璃《はり》が入っていない。細かく文様状の格子《こうし》が入った扉に紙を貼《は》ってあって障子《しょうじ》のような造作だった。その折り戸は閉めてある。眠るときなど、他人に入室を遠慮してもらいたい事情があるときでなければ、どんなに寒くても少しなりとも開けておくのが礼儀だった。それで、陽子は扉を少しだけ開く。
ちょうど陽子の房間の起居から、院子《なかにわ》をはさんで書房《しょさい》へ向かう走廊《かいろう》が見えた。そこを進む人影を見つけて、陽子はふと目を凝《こ》らす。
男だ、ということだけが分かった。少年というほど若くなく、老人というほどの歳《とし》でもないだろう。——それ以上は分からない。男はごく質素な大袖《きもの》の上に綿の入った襖《うわぎ》を着ている。そうして被《かぶ》りものが。どうということもない氈帽《ぼうし》に黒紗の面衣をおろし、さらにご丁寧《ていねい》に長巾《かたかけ》を首に巻いて頭までを覆《おお》っている。そのせいで顔形はほとんど分からない。
「……誰だ、あれは……?」
それはどう見ても、あえて顔を隠しているとしか思えなかった。その影はうつむき加減に書房《しょさい》へと消えていく。陽子はそれを眉《まゆ》をひそめて見送ってから、起居《いま》を出て里家《りけ》へと走廊《かいろう》づたいに向かった。