街の門前で馬車を降りて、宿へと歩く道すがら、祥瓊はぽつりとこぼした。そうだな、と楽俊の返答は率直だった。
「けど、知らないことなら、これから知ればいい。ぜんぜん問題じゃねえ」
祥瓊は足を止める。
「いまさら、って思わない?」
祥瓊はもっと早くに知っておくべきだった。芳のこと、国家のこと、他国のこと、王のこと——公主のこと。
「芳の公主は知っておくべきことを知らなかったから、罰された。——それはもう決着のついちまったことだ。侮《く》やんでも始まらない。けど、祥瓊の人生は始まったばっかりだろう。いわば三つやそこらじゃねえか。焦《あせ》ることはねえよ」
「そう……思う?」
「うん。世の中には取り返しのつかないことってのがあるよ。公主の人生はもう終わったんだから、やり直しはきかねえ。そういうときはすっぱり諦《あきら》めて、なにが悪かったのか、それだけ覚えておけばいいんじゃねえか?」
「そうかしら……」
「王さまや公主は不便だな。なにしろ、一回|玉座《ぎょくざ》を失えば、やり直しはきかねえからさ。そのてん、ただの民は楽だ。死なないかぎり、やり直しのきかねえことなんてねえからさ」
そうね、と祥瓊はその半獣を見下ろす。灰茶の柔らかそうな毛並みが見た目に暖かく、銀色のひげが細く光って綺麗《きれい》だと思った。
「……今、気がついたけど、楽俊って暖かそう」
楽俊は笑う。
「いまはな。夏になるとバテるんだ、これが」
祥瓊もまた、軽く笑った。