本当ね、と鈴《すず》は穴の中に下ろされていく棺《ひつぎ》を見つめた。
こんなに辛《つら》い悲しい涙を知らない。胸をかきむしるようにして号泣《ごうきゅう》して、息も絶《た》え絶《だ》えになって、自分の中がからっぽになったような気がしても、またふいに泣けてしまう。
拓峰《たくほう》の街の外に墓地はあって、寂《さび》しい冢堂《どう》がひとつぽつんと建っていた。そこに一晩置かれた甕《かめ》によく似た丸い棺は、穴の中に消えてしまった。
やめて、と鈴は墓士《はかもり》に懇願《こんがん》した。埋めるのはやめて。かわいそうだ。
——意味のない願いだと、自分でも分かっている。
なだめるように背中を叩《たた》かれ、すがりつく手からもぎとるようにして棺は運ばれていった。また同じ虚《むな》しい懇願を繰り返さずにはおれない鈴の目の前で、棺に石が打ち下ろされ、穴が埋められていく。
棺が丸いのは、この国の人々が卵から生まれるからだ。殻《から》の中から生まれて殼の中に戻る。子供のなる里木《りぼく》からもいできた卵果《らんか》に、父母は軽く石で叩いてひびを入れる。早く生まれてこいという呪《まじな》いだった。そのように死者の再生を願って、卵のように丸い素焼きの棺を使い、これに石でひびを入れて土に還《かえ》すのだった。
穴が埋められ小さな塚が作られ、墓士たちが去ったあとにも、鈴はそこで呆然《ぼうぜん》としていた。
——分かっていたわ。
清秀《せいしゅう》は死ぬんだと。なんとなく漠然《ばくぜん》と、そうどこかで分かっていた。ひどくなるばかりの症状。食も細って瘠《や》せていくばかり。どこもかしこも悪くなって。
景王《けいおう》なら助けてくれただろうか。本当に王なら助けられただろうか。
きっと大丈夫だと、信じる反面、たぶん王にも王宮の医者にもどうにもできないのではないかと思っていた。
「でも、こんな死に方をするはずじゃなかった……」
どうして轢《ひ》き殺す必要があった。そんなことをしなくても、清秀はきっともう長くは生きていられなかったのに。
「あたし……ばかだわ……」
鈴は土を握りしめる。
「景王なんて……信じて。——どうして呉渡《ごと》で医者に連れていかなかったの!」
医者に連れていっても無駄かもしれない。その恐れと、景王なら助けてくれるかもしれないという愚《おろ》かな期待。呉渡で医者に連れていけばよかったのだ。船を降りてすぐに。——こんな街になんか来なければ。
「清秀……ごめん……」
また嗚咽《おえつ》がこみあげてきた。まだ涙が涸《か》れないのか。
「……ごめんね——」
陽が翳《かげ》り始めた。鈴はじっと自分の影を見ていた。
「おねえさん、門が閉まるよ」
鈴はぼんやりと背後を振り返った。小柄な人影を見て、鈴は一瞬、ありもしない期待を抱いてしまう。
「いつまでそうしてるの? さっきから歯の根が合ってないよ」
「……ほっといて」
清秀より三、四歳上だろうか。十四かそのくらい。漆黒《しっこく》の髪の小柄な姿。
「慶《けい》はね、夜に街の外にいてもいいほど、安全な国じゃないんだよ、まだ」
「……そう」
「そうやっていても、死んだひとは返ってこない」
鈴は少年をにらんだ。
「——ほっといて。あたしに構わないで」
「このまま妖魔《ようま》に食われたい? とても自暴自棄《じぼうじき》だね」
「……あんたには分からないわ。さっさと行って」
少年の返答はない。ほんの少し後ろで、じっと鈴を見ている。
「誰も分からないわ! あたしの気持ちなんか!」
叫んだ鈴に、少年は静かに言う。
「自分を哀《あわ》れんで泣いているのじゃ、死んだ子に失礼だよ」
はっと鈴は目を見開いた。
——自分がかわいそうで泣く涙——。
「……あなた、誰?」
「拓峰《たくほう》の者。……一緒に街に戻ろう?」
鈴は立ち上がり、もういちど足元の小さな塚を見た。
「あなた、この子が誰だか知ってるの……?」
「もう有名だからね。……奏《そう》から来たんだって?」
少年が手を伸ばすので、鈴はおとなしくその手につかまった。華奢《きゃしゃ》な掌《てのひら》が温かかった。
「この子は慶の子よ。……国を逃げ出して巧《こう》へ行って、巧を逃げ出して奏から慶に帰ってきたの……」
そう、と少年はつぶやく。背後の塚を振り返った。
「……かわいそうに」
うん、とうなずいたら、涙がこぼれてとまらなかった。鈴は少年に手を引かれたまま泣きながら街へ戻った。