閉門にぎりぎりで間にあって、街に戻った。門の中、すぐ右手の環途《とおり》から鈴は目を逸《そ》らし、手の中の掌《てのひら》を強く握ってやりすごした。やっと手を離したのは中央の広途《おおどおり》をかなり行ってからのこと。
「そう。……おねえさんも慶のひと?」
「ううん。あたしは才《さい》から来たの」
「それは長旅だったね。……宿はあるの?」
ええ、と鈴はうなずいた。
「……ありがとう、声をかけてくれて」
うん、と言って少年は鈴を見つめる。
「少し元気が出たね。——前を向いて歩いていないと、穴の中に落ちてしまうよ」
「穴の中?」
「自分に対する哀《あわ》れみの中」
そうね、と鈴はつぶやいた。それはとても清秀に対して失礼なことだ。——また叱《しか》られてしまう。
「本当にそうだわ……。ありがとう」
「うん」
「あなた、名前は?」
「——夕暉《せっき》」
ねえ、と鈴は夕暉の顔をのぞきこむ。
「清秀を轢《ひ》いたひとが捕まったかどうか、知らない?」
しっ、と夕暉は鈴に目配《めくば》せをする。
「——それは大きな声で言わないほうがいい」
言って夕暉は近くの小路《こみち》に鈴を招いた。
「……捕まらないよ、あいつは」
「あいつ? ——あなたそいつを知ってるの?」
「知り合いか、って意味なら、違うと言うよ。ぼくはあんな下郎《げろう》とは知り合いでいたくない」
あまりに強い言葉に鈴は目を見開いた。
「誰なの?」
「この街の人間はもう、みんな知ってる。——郷長《ごうちょう》が旅の男の子を殺した、って」
「郷長——」
「郷長|昇紘《しょうこう》。覚えておくんだね。これがこの止水郷《しすいごう》でいちばん危険なやつだから」
「……殺した? 清秀をそいつが?」
「昇紘の車の前にその子が飛び出して、車を停めてしまったんだ。それで」
「それでって——そんな、それくらいのことで」
「昇紘にはね、それで充分なんだよ」
「ひどいわ……」
鈴は壁に背中をあずけてずるずると座りこんだ。
「清秀はまっすぐに歩けなかったのよ……」
鈴は膝《ひざ》を抱えた。
「本当に背負って、連れていけばよかった……」
どうしてそれを惜《お》しんだのだろう。もうあんなに軽かったのに。できないことではなかったのに。
「おねえさん、自分を責めてはだめだよ」
鈴は首を振る。責めずにいられるはずがない。
「——昇紘を恨《うら》んではだめだよ」
「——なぜ!」
夕暉の顔にはひどく強いものをうかがわせる色が浮かんでいた。
「昇紘を恨むということはね、昇紘に殺されるということだから」
言って顔をそむけ、ぽつりと添える。
「そんな事情があるのだったら、教えるんじゃなかった……」