人気《ひとけ》の絶えた里家《りけ》でぐずぐずと陽子は思い悩む。鈴《すず》という少女。探しに拓峰《たくほう》へ行ってみようか、どうしようか。堯天《ぎょうてん》に走らせた班渠《はんきょ》もまだ戻っていない。それも躊躇《ためら》う理由のひとつで、昼餉《ひるげ》の準備をしながら、どうしたものかと考えを巡《めぐ》らせていたのだが。
「——陽子!」
遠甫はいつも、桂桂と蘭玉と一緒に出て一緒に戻ってくる。戻ってくる三人のうち、真っ先に正房《おもや》に駆けこんできたのは桂桂だった。
「お帰り」
「あのね、お客さんだよ」
「——わたしに?」
うん、と桂桂はうなずいて、背後を振り返る。蘭玉が遠甫と共に入ってきて、陽子を見てなんともいえない笑みを浮かべた。
「……辰門《しんもん》の近くの栄可館《えいかかん》っていう宿で待ってます、って」
「——宿で?」
くすくすと蘭玉は笑って、厨房《だいどころ》に入ってくる。壁の陰に陽子を招くようにした。
「男のひと」
陽子は眉《まゆ》をひそめた。脳裏《のうり》に浮かんだのは拓峰の不審な宿屋で会った男のことだった。
「ひょっとして、厳《いか》つい男か? ずいぶんと背の高い」
蘭玉は声をひそめて笑う。
「すらりとした人だったわよ」
「ひょっとして十四、五の?」
大男のほうでなければ、男をとめた少年のほうだろうか、と思ったのだが、蘭玉は軽く陽子をねめつけるようにした。
「やあね。いい人忘れるなんて、陽子ってとんでもないわ。——下僕《しもべ》が来たと言ってもらえれば分かるはずだ、って」
陽子は目を見開いた。
「下僕、だなんてすごいわねえ」
陽子はあわてて手を振る。
「と、とんでもない。そんなんじゃない」
「あら、照れちゃって。わりと素敵なひとだったわよ? 身なりも立派だったし」
「違うって。——なんてことを言うんだ、あいつは」
「あいつ? 本当に親密なのねえ」
蘭玉は声をあげて笑い、袖《そで》をまくって水場に向かった。
「なんだったら、すぐに行ってらっしゃいよ。今夜は帰れないんだったら、連絡してね」