——民が子。その子を通して天に仕える。
陽子は故国で特に神を持たなかった。天帝という神を戴《いただ》く心は、自分のものとして理解できない。神に仕える、という言葉が遠い。
深く息を吐いたとき、ふいにどこからか硬い声がした。
「主上《しゅじょう》——人が」
「……なに?」
失礼を、と言って消えた班渠《はんきょ》の気配は、いくらも経たずに戻ってきた。
「里家《りけ》の周囲を五人ほどの男が取り巻いておりますが」
陽子は身を起こす。
「——何者だ?」
「分かりません。——ああ、消える」
「つけろ」
御意《ぎょい》、と声を残して駆け去った班渠は、翌日の早朝になって戻ってきた。
「北韋《ほくい》で一夜を明かし、門を出ました。拓峰《たくほう》への馬車を探していましたが」
陽子は行李《こうり》の革帯を結ぶ。
「どうあってももう一度、拓峰に行ってみないわけにいかないな」