墻壁を越え、楼閣に駆けこみ、昇紘を襲って街を飛び出す。まっすぐ堯天《ぎょうてん》に向かって景王《けいおう》に面会する。
——許さない。昇紘も景王も。
自分に言い聞かせるようにして、三騅に乗ろうと手綱《たづな》を取り直したときだった。その手を掴《つか》む手があった。
「……だめだ」
鈴は飛び上がり、とっさに退《さが》って三騅に突き当たる。三騅が不満そうに低く鳴いた。振り返った背後の人影、上背と巌《いわお》のような肩の線。
「——虎嘯《こしょう》」
さらに鈴の背後に現れ、鈴の手から手綱をもぎ取る者がいる。宿で時折見かける男だった。
「——なぜ」
虎嘯とその男だけではない。広くはない途《みち》の、夜陰《やいん》のそこここに男たちが潜《ひそ》んでいた。
虎嘯は軽く鈴の手を叩く。
「中にいるのは昇紘だけじゃねえぜ、当然な。小臣《ごえい》がごろごろしてる。それを全部|斬《き》り捨てられるのか?」
虎嘯は低く言って鈴の手を引いた。
「帰ろう」
「……いや。放っておいて」
虎嘘は鈴を見つめる。
「お前さんがうちに泊まっていたことが昇紘に知れると、俺たちもな、昇紘に殺されることになる」
鈴ははっと虎嘯を見返した。
「みすみす殺されはしねえが、それじゃあ困るんだよ。——いろいろとな」
「あたし……」
鈴は墻壁《へい》の向こうの楼閣と虎嘯を見比べた。夕暉《せっき》や虎嘯に迷惑をかけることは本意ではないが、それでも目の前に仇《かたき》の家があって。
虎嘯は鈴の肩を軽く揺らした。
「鈴の気持ちは分かった。——だから一緒に戻ってくれ」