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十二国記397

时间: 2020-08-31    进入日语论坛
核心提示: 宿の前には人がたむろしていた。鈴が虎嘯たちと共に戻ると、人垣の中から灯火を挙《かか》げた夕暉が駆け寄ってくる。「おねえ
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 宿の前には人がたむろしていた。鈴が虎嘯たちと共に戻ると、人垣の中から灯火を挙《かか》げた夕暉が駆け寄ってくる。
「——おねえさん、……よかった」
 同じようによかった、という声が人垣に満ちて、鈴はうつむく。虎嘯がその肩をもういちど叩いた。
「みんな、すまなかったな。客人は連れて戻った」
 集まった人々が安堵《あんど》するようなどよめきをあげて、ひとりふたりと去っていく。去り際に鈴を軽く叩く手がいくつもあった。
「無事でよかった」
「早まるんじゃねえぞ」
「ひやひやしたぜ、まったく」
 鈴の短慮が虎嘯《こしょう》ら兄弟に迷惑をかける。それを責めているわけではなさそうな声に、鈴はひどく困惑して三々五々去っていく人々を見送った。
 さあ、と虎嘯が促《うなが》し、鈴は宿の飯堂《しょくどう》に押しこまれる。男の一人が三騅《さんすい》を裏のほうへ引いていった。
 中には数人の男がいて、さらに十人ばかりの男たちが、鈴と一緒に飯堂に入ってきた。椅子《いす》のひとつに座らされ、厨房《だいどころ》に駆けこんだ老人が鈴の前に暖かな湯気をあげた湯呑《ゆの》みを持ってきた。気がつくと身体が芯《しん》まで冷えて歯が鳴っている。鈴は両手で湯呑みをくるんでかじかんだ手を温めた。
 なあ、と虎嘯が卓の上に手を置いて鈴を見下ろした。その指に鉄の環《わ》。
「昇紘《しょうこう》が憎《にく》いかい」
 鈴は目を指環《ゆびわ》から離す。虎嘯を見上げた。
「……憎いわ」
「昇紘を憎んでいる奴はあんただけじゃない。奴だって、自分が憎まれてることぐらい知ってる。——あんた、武器を持ってるようだが、使い方は知ってるのか? 本当に自分が昇紘をどうにかできると思っているのか?」
「それは——」
「あの家に小臣《ごえい》が何人いるか知っているか? 昇紘の房室《へや》にいくまでにどれだけの連中とやりあわなきゃいけないか」
 鈴はうつむいた。
「鈴じゃ、無理だ。——誰かがカッとなって殴《なぐ》りこんで、どうにかなる相手じゃねえんだ」
「……でも!」
 虎嘯は目元を和らげる。
「確かにあの子はかわいそうだったなあ……」
 鈴は虎嘯を見上げる。その姿が歪《ゆが》んだ。あっという間にせりあがったものが、あふれて頬《ほお》に零《こぼ》れ落ちた。
「清秀《せいしゅう》……は……具合が……悪かったのよ」
 鈴はしゃくりあげる。
「殺すこと、ないじゃない。慶《けい》を追われて巧《こう》に逃げて、その巧の廬《むら》もなくなって逃げるしかなくて。お父さんが目の前で妖魔《ようま》に食い殺されて、お母さんも死んでしまって。妖魔に襲われたときの傷のせいだと思うの。具合が悪かったの。……あんなに小さいのにとても苦しそうだった」
「そうか……」
 虎嘯は鈴の固く指を組んだ手を叩く。
「病気を治《なお》してもらおうね、って……堯天《ぎょうてん》に行く途中だったの。毎朝とっても苦しそうで、悪くなるばっかりで、滋養のあるもの食べさせても全部吐いてしまうし……すっかり瘠《や》せて、まっすぐに歩けなくて……目だって不自由で……」
 熱い涙が凍《こお》った頬《ほお》を灼《や》いていく。
「置いていかなきゃよかった。宿を探すのに、背負って連れていけばよかった。そうしたら殺されずに済んだのに……」
 あんなに瘠せて、きっともう軽かったのに。
「……こんな街になんか、来なければよかった。もっと早く、別の街でお医者に診《み》せて……」
「おねえさんは、自分が憎《にく》いんだね」
 突然言われて、鈴は夕暉《せっき》を振り返った。鈴の横の椅子《いす》に座って、夕暉は鈴を見つめている。
「昇紘が憎いというより、自分が憎いんだ。昇紘を罰したいというより、自分を罰してしまいたいんだね」
 鈴は瞬《まばた》いた。
「……そうよ」
 瞬きの数だけ涙が零《こぼ》れて落ちていく。
「置いていかなきゃよかった。こんな街に連れてこなきゃよかった。——あたしのせいなの。あたしが清秀を連れてきたばっかりに……!」
 甘い夢に巻きこんで清秀を死なせた。
「死にたくないって言ってたわ。あんな生意気ばっかり言ってた子が、死ぬのは怖《こわ》いって泣いてたわ。でも、死んでしまったの。あたしのせい。……もう取り返しがつかない。謝《あやま》ることも許してもらうこともできない……」
 鈴は泣き伏す。
「清秀は許してくれるわ、そういう子だもの。でもあたしには許せない!」
「おねえさんがいくらじたばたしてもね、死んだひとは生き返らない。……残念なことにね」
「でも……!」
「おねえさんがしようとしたことは、ぜんぜん意味のないことだよ。むしろ、悪い。その恨《うら》みはおねえさんだけのもので、私憤《しふん》によって人を襲えば、昇紘と同じ単なる人殺しになってしまう」
「——じゃあ、昇紘を許しておくの? どんな奴だか聞いたわ。たくさんの人を苦しめて清秀みたいに殺したのよ。これからだって殺していく。それをそのまま許しておくの!?」
 ぽん、と肩を叩《たた》かれた。虎嘯《こしょう》だった。
「許したりしねえよ」
 見上げる鈴に、虎嘯は笑う。
「昇紘を怨《うら》めば、手ひどい報復を喰《く》らう。それが怖《こわ》くて誰もが口を閉ざす。見なかったふり、聞かなかったふり、——止水《しすい》にいるのがそんな腑抜《ふぬ》けばかりだと思わんでくれ」
「……虎嘯、あなた」
 鈴は虎嘯を見上げ、目を転じて夕暉《せっき》を見る。次いで飯堂《しょくどう》の中で黙って鈴を見守っている男たちを見渡した。
「あなた、たち……」
 ——鉄の指環《ゆびわ》。全員が揃《そろ》いの。
「昇紘は必ず倒す。俺たちは時機を待ってる。鈴に先走られちゃあ困るんだ」
 言って虎嘯は懐《ふところ》から鎖《くさり》を出す。環《わ》をひとつもぎ取って鈴に示した。
「昇紘を忘れてどこか暢気《のんき》なところに行け。——そうでなければ、これを受け取れ」
 ただし、と虎嘯はどこか凄《すご》みのある目つきをした。
「これを受け取れば、抜けることはできん。裏切ったときには制裁《せいさい》を覚悟してもらう」
「……ください」
 鈴は手を伸べた。
「裏切ったりしない。なんでもするわ、清秀の——あたしの恨《うら》みを晴らせるんなら!」
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