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十二国記402

时间: 2020-08-31    进入日语论坛
核心提示:「俺たちに名はない」 虎嘯《こしょう》は井戸から水を汲み上げながら言う。鈴《すず》は井戸端《いどばた》で桶《おけ》や甕《
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「——俺たちに名はない」
 虎嘯《こしょう》は井戸から水を汲み上げながら言う。鈴《すず》は井戸端《いどばた》で桶《おけ》や甕《かめ》を洗っていた。
「総勢で千、その程度だ。ほとんどが止水郷《しすいごう》にいる」
「……ふうん」
「もしも街でなにかあれば、この指環《ゆびわ》をつけている者を探せ。声をかけて、どこから来たか訊《き》く。必ず拱手《えしゃく》するんだな」
「拱手?」
 鈴は両手を示した。拱手は身分の高い人々の礼だった。軽く握った左手を包むように右手を添え、重ねた手を上げるようにして一礼する。拱手するためには長い袖《そで》が必要だった。鈴がいま着ているような手首までしかない袖では拱手できない。
「気持ちの問題だ」
 虎嘯は笑う。
「要はさりげなく相手に指環《ゆびわ》が示せればいい。——どこから来たか訊《き》いて、麦州産県支錦《ばくしゅうさんけんしきん》から来た、と答えれば、それは仲間だ。自分は老松《ろうしょう》から来た乙悦《おつえつ》だ、と名乗る」
「それは、なに?」
 首をかしげた鈴に虎嘯は軽く笑う。
「支錦は古い地名だ。もう何百年も前、達王《たつおう》という王の時代に、支錦という土地があって、そこから老松という飛仙《ひせん》が現れた」
「支錦に洞府《どうふ》を構えてたの?」
「いや。老松は洞府を構えてない。自力で昇仙《しょうせん》した飛仙だな。だから老松とか松老とか言う。老、とつく飛仙はそういう仙だ。松伯《しょうはく》とも呼ぶけどな」
「ああ、仙伯なのね」
 伯位の飛仙は、五山《ござん》に仕える女仙男仙、自力昇仙の仙だけだった。特にこれを仙伯と呼ぶこともある。
「巷間《こうかん》で道を施してたのを、達王に招かれて朝廷に仕えた。しばらく仕えてある日姿を消した偉い飛仙だそうだ。氏名が乙悦というらしい。——まあ、本当にいたのかどうだか知らん。講史《こうだん》なんかでよく出てくる」
「へえ……」
「他人事《ひとごと》みたいに聞いている奴があるか。鈴も指環をつけた者に声をかけられたら、同じように答えるんだぞ」
「あ、そうか」
「仲間ならば、どんな奴でも頼っていい。必ず鈴を助けてくれる。俺たちの結束は固い、これは自慢できる」
「……あいつを倒すため?」
 もちろんそうだ、と虎嘯はうなずく。
「拓峰《たくほう》の閑地《かんち》はほとんどが墓地だ。あいつが殺した民の死体が敷き詰められている。誰かが倒さねばならん。——誰も奴を裁《さば》いてくれんのだからな」
 鈴はぴくりと手を止めた。あいつ——止水郷《しすいごう》郷長、昇紘《しょうこう》。
「どうしてあんな奴が野放しになってるの?」
「あいつを許している大物がいるってことだ」
「たとえば、堯天《ぎょうてん》に?」
 鈴が見上げると、虎嘯は驚いたように目を見開く。釣瓶《つるべ》を置いて井戸の縁に腰をおろした。
「なぜ堯天なんだ?」
「そういう噂《うわさ》を聞いたもの。……堯天のいちばん偉い人が昇紘を保護してるって」
 なるほどな、と虎嘯はつぶやく。
「そういう噂が確かにある。他ならぬ王が昇紘を許してるんだってな。——だが、それはどうだろうな」
「違うの?」
「知らん、俺は。昇紘がのさばっていられるのは、呀峰《がほう》が昇紘を保護してるからだ」
「呀峰——?」
「この和州《わしゅう》の州侯《しゅうこう》だよ。和州侯の保護がある、それで昇紘はのさばっていられる。和州侯の呀峰も昇紘に負けず劣らずの豺虎《けだもの》だ。昇紘ほど形振《なりふ》り構わない悪党じゃねえ、それだけが違う」
「そう……」
「呀峰が州侯になったのは、先の王、予王《よおう》が任じたからだ。無能の女王に媚《こ》びへつらって、呀峰は和州を予王から買った。不満の声をあげて直訴《じきそ》する連中や、戈剣《ぶき》を掲《かか》げて抗議する連中もいたが、予王は呀峰に甘かった」
「ひどい話ね……」
「その呀峰が新王の時代になってもまだ罷免《ひめん》されずにのさばっている。確かに新王の保護があるんだと疑う連中がいても無理はねえ。おまけに麦侯《ばくこう》は罷免されたからな」
「麦侯?」
 虎嘯は裏庭の狭い空を見上げた。
「瑛州《えいしゅう》の西にある麦州《ばくしゅう》の州侯だ。麦侯は民の敬愛が高かった。なかなかものの分かったお人だという噂で、この夏、新王が起《た》つ前に偽王《ぎおう》が起って国じゅうが混乱したとき、最後まで偽王に抵抗しとおした」
「なのに、罷免されたの? ——呀峰や昇紘が許されてて?」
 虎嘯はうなずいた。
「それで新王を不安に思う民も多い。俺たちにしちゃ、なんで麦侯が罷免されて呀峰がのさばったままなのか分からん。——もっとも、新王はまだ登極《とうきょく》して日が浅い。仕方ねえって話もあるんだが」
 鈴は荒っぽく甕《かめ》をすすいでいた水をこぼした。
「景王《けいおう》も前の王さまと大差ないのよ、きっと」
「おまえ——ひょっとして」
 虎嘯はまじまじと鈴を見る。
「景王までどうにかしようなんて、思ってたんじゃないだろうな?」
 鈴は視線を逸《そ》らす。虎嘯は呆《あき》れたように息を吐いた。
「無茶苦茶を考える奴だな、お前は。……よりによって金波宮《きんぱきゅう》に乗りこむ気だったのか? そんなことがお前にできるわけ、なかろうが」
「……やってみないと分からないわ」
 虎嘯はひょいと井戸の縁を降りて、鈴の前に屈みこんだ。
「……そんなにあの子が死んだのが辛《つら》かったか」
 鈴は虎嘯を見返して、手元に視線を落とす。
「だが、こう言っちゃあなんだが、ああいう不運な子はいくらでもいる。この国じゃ珍しくねえ。——荒れた国じゃあな。国が荒れれば、どんな悲惨《ひさん》なことだって起こるもんなんだよ」
「うん。……分かってる……」
 鈴は息を吐いた。
「あたし、……海客《かいきゃく》なの」
 うん、と言うように、虎嘯は目線でうなずく。
「二度と家には帰れなくなって、言葉も分からない、なにがなんだか分からない所に放りこまれて、自分のことがとても可哀想だった」
「そうか……」
「でもあたし、ぜんぜん可哀想なんかじゃなかったわ。清秀《せいしゅう》に比べたらとても恵まれてた。そんな自分を分かってなくて、自分を哀れむので精いっぱいで、清秀をここまで連れてきたの」
「そういうふうに自分を責めるのは良くない」
 鈴は首を振る。
「あたし、本当に恵まれてたの。いろいろ辛いことはあったけど、ただ我慢だけしてればよかったもの。その程度のことだった。昇紘みたいな奴がいて、たくさんのひとが苦しんでいるなんて、想像したこともなかった。……いま、自分がとても嫌い」
 言って鈴は小さく笑う。
「実は八つ当たり。自分を憎《にく》む代わりに、昇紘を憎んでいたいのかもしれない。夕暉《せっき》に言われたとおりなの。それで、自分がもっと嫌いになった……」
 でも、と鈴は視線を上げた。
「昇紘をこのままにしておいたら、いけないわ。……違う?」
「……そう思う」
「この国は——他の土地を知らないけど、少なくとも止水は、可哀想なひとたちを苦しめる土地だと思う。だから、誰も苦しまなくていいようにしたい。誰も清秀みたいに死んでほしくないの……」
「それも、分かる」
「本当を言うと、あたし自分を信用しない。あたしの苦しみとか恨《うら》みなんて、少しも信用できないから。……けど、虎嘯や夕暉が昇紘を倒したいと願うほど憎《にく》んでいるなら、あたしも昇紘を憎んでていいんだよね?」
「うーん……」
 大きな男が小さく肩をすぼめて、うずくまって、水端《みずばた》に息を吐く。苦笑が浮かんでいた。
「実を言うと、俺にもよく分からん」
「——え?」
「辛《つら》いことなんてのは、忘れてしまえば終《しま》いだ。生きてりゃそんなこと、際限なくある。いちいち気に病んでも始まらんだろう。そのかわり、いいこともあるな。悪いことは忘れる、いいことは喜ぶ、そうやって生きてくしかねえんじゃないか?」
 鈴は首をかしげて虎嘯を見る。
「実を言えば、俺は国とか政《まつりごと》とか、そういう難しいことはよく分からん。昇紘が国のために値打ちのある郷長なのかどうか、よく分からねえんだ。呀峰にしてもそうだし、麦侯にしてもそうだ。ひょっとしたら、昇紘は政のために意義がある奴なのかもしれん。ああいう奴でもなにかの役に立っているのかもな。——だが、俺はあいつがいる限り、しんどいんだよ」
「しんどい?」
「俺は根が単純だから、罪もねえ子供が轢《ひ》き殺されたと聞きゃあ腹が立つ。腹を立ててるのはしんどいが、むかついて忘れられねえ。夕暉は出来がいい。小学からするすると庠学《しょうがく》、序学と進んで、上庠《じょうしょう》へも入った。少学への選挙《すいせん》も受けた。官吏《かんり》へ向けてまっしぐらだ。俺が言うのもなんだが、あいつは有望な奴だと思う。——けど、俺はそれが嬉しくない。本心《ほんしん》から喜べねえ。官吏になってどうする? 郷府《ごうふ》に入って昇紘に使われんのか。呀峰に荷担すんのか。俺は自分の弟が、ああいう連中の仲間になるのが嬉しくねえ」
「……虎嘯」
「実際、夕暉も嫌《いや》なんだろう、目をかけられてたのに、辞《や》めちまった。忘れたいのに忘れられねえ嫌なことがある。喜びたいのに喜べねえことがある。俺はそういう状態がしんどくて嫌なんだ。生まれてきた以上は、なんとか気持ちよく生きたいだろ? 生まれてきて良かったなあ、と思いたいじゃねえか。けど、昇紘のような連中がいる限り、俺はどうやらそうは思えねえ。——だからなんとかしたいだけなんだよ」
 鈴は息を吐く。
「……それだけ?」
「それだけだ。郷城に殴《なぐ》りこんで、昇紘を一発殴って気が済むことならそうする。だが、それじゃあ溜飲《りゅういん》が下がらねえし、そもそもそんなことはできねえ。昇紘をなんとかしようと思や、大勢で寄ってたかって郷長から引きずりおろすしかねえ。死んでも嫌だって奴が言うなら、殺してでも引きずりおろす。……ひょっとしたら、俺のやろうとしてることは、とんでもねえことかもしれん。けど、俺は自分のために辛抱《しんぼう》できねえんだ」
「……そっか」
「餓鬼《がき》の癇癪《かんしゃく》みたいだな。夕暉ならもっといろんなことを考えてるんだろうが」
 鈴は笑った。
「あたしには、虎嘯の言うことのほうが、よく分かる」
 そうか、と大きな男が小さくうずくまったまま笑う。
「——あたし、なにをすればいい?」
「三騅《さんすい》を貸してもらいたい。俺たちはいま武器を集めてるところだ。なにしろ昇紘や小臣《ごえい》相手だ、鋤《すき》や鍬《くわ》じゃ太刀打《たちう》ちできん」
「荷を運べばいいのね?」
「俺の古い馴染《なじ》みで蕃生《はんせい》という男がいる。労《ろう》蕃生というんだ。こいつが荷を用意してくれている。そこまでの往復を頼んでもいいか?」
 鈴は強くうなずいた。
「——やるわ」
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