「おしゃべりが過ぎて、呆れちゃったのかしら……」
確かに慶には女が少ない。同じ年頃の娘に会うことはもっと少ないので、つい口が軽くなった気がする。
首をひねりながら厨房《だいどころ》に入ると、戸口に夕暉と虎嘯がたたずんでいた。
「あら、おかえりなさい——」
「鈴、いまの娘は誰だ?」
虎嘯の顔が厳しい。鈴は首をかしげた。
「前にちょっとだけ会ったひと。北韋に住んでるって言ってたわ」
「北韋……」
夕暉が虎嘯を見上げた。
「労《ろう》の家……」
虎嘯がうなずく。さらに険しい顔で鈴の腕を掴《つか》んだ。
「……なにを話してた?」
「べつに……」
特に変わったことを話したわけではない。あの程度の愚痴《ぐち》は、拓峰の人間の挨拶《あいさつ》みたいなものだ。
「あいつ、なにか言ってなかったか」
「特には……。ああ、堯天の王さまのことを聞いたわ」
「堯天に詳《くわ》しい様子だったか」
「分からないけど。……噂《うわさ》だ、って言ってたけど、確かになんだか詳しそうな雰囲気はしたかな……」
虎嘯は夕暉を見る。夕暉がうなずいた。
「移動したほうがいいね」
え、と鈴は夕暉を見つめる。
「前にも来てた。なにか探ろうとしているみたいだった。堯天の様子に詳しいんだったら、本当に堯天の人間かもしれない」
「それ、どういう……?」
「昇紘や呀峰が許されてるのは景王の保護があるからだって噂もあるでしょう。もしもこちらの事情を探りに堯天の人間が来たんなら、その噂は本当かもしれないってこと」
目を見開く鈴に、夕暉は軽くうなずく。
「荷物をまとめて。少しでも不安があれば、見逃さないほうがいい。ここは捨てて仲間のところに移る」
「でも」
「あのひとは只者《ただもの》じゃない」