寒気の厳しい中を歩いて、労の家にたどり着き、ほんの少し迷ってから、陽子は大門《とぐち》を叩《たた》いた。家の中はしんと物音がない。むきになって叩いているところで、道を通りがかる老婆があった。
「——朝っぱらから、なんの騒ぎだね。労ならいないよ」
陽子は振り返って、その陰鬱《いんうつ》な顔をした老婆を見る。
「いない?」
「消えちまったのさ。夜逃げじゃないのかい。なにをやってたのか知らないけど、ずいぶん胡乱《うろん》な風体《ふうてい》の連中が出入りしてたから、なにかあったのかもねえ」
「それは、いつ」
「さあ。もうずいぶんになるんじゃないかい。半月かそこらかね」
半月ならば、陽子が最初にここに来た頃のことだ。
——逃げられたか——。
「労さんのところに出入りしていた人を知りませんか。なんとか行方《ゆくえ》を知りたいんだけれど」
「さあねえ。なにしろ人相のよくない連中ばかりだったからね」
ああ、と老婆はつぶやく。
「なんだか気味の悪い男がときどき来てたね。偉そうに馬車を乗りつけてさ。人目をはばかるふうでねえ」
「ひょっとして面布《めんぷ》の」
「ああ、そういう格好のこともあったかね。四十近くの男さ」
「四十近く……」
思い当たる人物が、陽子にはない。
「ねえ、労はなにかやらかしたのかい」
「べつに、そういうわけじゃ……」
ふん、と老婆は鼻を鳴らした。
「いつかなにかやらかすだろうと思っていたさ。まあ、しょせんは流れ者だからね」
「もともと北韋の人じゃないんですか?」
「とんでもない。去年の秋だったかに、ふらっとやってきて住み着いたのさ。それきり近所の人間には挨拶《あいさつ》もなけりゃ口もききゃしない。なんでもないんなら、係《かか》わらないほうがいいよ。どうせろくな人間じゃないからね」
「そうですか……」
どうも、と陽子は軽く頭を下げた。