街のそば、目立たないあたりから班渠に騎乗し、一気に拓峰までを駆け抜ける。拓峰のそばで班渠から降り、門をくぐって二度訪ねた宿に三度《みたび》向かった。
——なにか関係があるはずだ。
里家の様子をうかがうふうだった男たちは拓峰に戻った。最初に来たときの剣呑《けんのん》な風情《ふぜい》、妙に威圧感のあったあの男——。
——実は、あの男を疑うしか他に術《すべ》がないのだと、自分でも分かっていた。
面布の男、労という男、すでに行方《ゆくえ》を探す術がない。陽子にはもう、宿にいたあの男——労の家に出入りしていたあの男を疑うしかないのだ。
空気の淀《よど》んだような小途《こみち》を小走りに抜け、陽子は足を止める。もう見覚えた宿の構え、駆け寄るようにして戸口に近寄り、軽く戸に手をあてた。
「——?」
戸が、動かない。見れば、通りに面した窓の木戸はぴったり閉ざされている。軽く戸を叩いても、まるで労の家の再現のように、人の応答がない。
「——なぜ……」
拳《こぶし》で扉を叩き、陽子は身を翻《ひるがえ》す。向かいの家に駆けつけ、同じように閉ざされた戸を叩いた。これにはすぐに応答があった。
「——誰だ?」
顔を出したのは五十歳ほどの男だった。
「……すみません。向かいの宿は」
ああ、と男は向かいに目をやる。
「閉めたようだな」
「閉めたって、……わたしは昨日来ました。確かに開いて……」
「だから、昨日。夜遅くに荷物を運び出してたぜ」
「昨夜——」
陽子は拳を握った。
「……あの大きい人はなんて人ですか」
「あ? 虎嘯《こしょう》のことか? やたらでかい男だろう」
「ええ。……十四くらいの男の子もいましたけど、あれは」
「夕暉《せっき》だな。虎嘯の弟だ。——どうした、虎嘯を訪ねてきたのか?」
「いえ、鈴《すず》という女の子を訪ねてきて……」
ああ、と男は生《なま》欠伸《あくび》を噛《か》み殺しながら首筋を掻《か》いた。
「あの三騅《さんすい》を連れた娘な。……みんなどっかに行っちまったぜ。悪いけど行き先は聞いてねえ。——で、あんたは何者だい」
陽子は軽く会釈だけして踵《きびす》を返した。背後で男が怒鳴る声が聞こえたが、振り返る気はおきなかった。
——昨日、虎嘯はいない、と鈴は言わなかったか。鈴は、また来るか、と言わなかったか。
虎嘯はどこへ行っていた。なぜ急に宿を閉めて姿を消した。里家が襲われたのはおそらく昨日のあの頃合い。
「……虎嘯」
関係がないとは思えない。里家を襲撃し、それで行方《ゆくえ》をくらましたか。それにしては鈴が、また来るかと訊《き》いたのが解《げ》せない。
「……いったい……どうなってるんだ」
遠甫に思い悩む顔をさせていた面布の男は労の家に出入りしていた。労の家で虎嘯に会った。里家を取り巻いていた男たちは、ここ拓峰に戻った。虎嘯、夕暉、海客《かいきゃく》の鈴——拓峰で死んだ子供。鮮明な図式が見えてこない。
「虎嘯を捜《さが》すんだ……」
また諦《あきら》めるのは早い。虎嘯、夕暉、鈴。鈴は三騅を連れている。——手がかりは皆無《かいむ》ではない。
「かならず、捜し出す……」