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十二国記417

时间: 2020-08-31    进入日语论坛
核心提示: 虎嘯《こしょう》が移動したのは、拓峰《たくほう》の南西隅にある妓楼《ぎろう》だった。妓楼といっても名ばかり、女が少ない
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 虎嘯《こしょう》が移動したのは、拓峰《たくほう》の南西隅にある妓楼《ぎろう》だった。妓楼といっても名ばかり、女が少ないので、客をもてなす花娘《ゆうじょ》はほとんどいない。みんなもっとましな街の東にある妓楼に移ってしまっている。薹《とう》のたった女が二人いるだけで、これも妓楼の主人と同じく、虎嘯の仲間だった。
 そのように街には方角によって格があった。おおむね街は、城府《やくしょ》の南が市井《しせい》にあたる。ぐるりと環途《かんと》に面するのが市《いち》、市井も市も西よりも東のほうが格が高い。
「本当は市井は北にあるものなんだって」
 夕暉《せっき》はそう鈴《すず》に教えてくれた。夕暉も鈴も、この寂《さび》れた妓楼で雑用をしている。
「——どうして?」
「知らない。古い街はそういうものらしいよ。うんと古い本にもそう書いてある。中央に府城《やくしょ》があって、北に庶民《しょみん》の住む市街を作る、って。そういう街なら西のほうが東よりも格式が高い。——でも、ふつうは逆だね」
「あたしの知っている街は、みんな南に市街があったわ。お屋敷が中程にあって、廟《びょう》やお寺が北にある」
「でしょう? うんと古くから災害にも遭《あ》わずに残ってる街は、ごくたまに逆のまま残っているらしいけどね。いつの間にかぜんぜん逆になってしまってるんだ。すごく、不思議」
「夕暉はそういうことに興味があるの?」
 うん、と夕暉は食器を洗いながらうなずく。
「……学校、辞《や》めてしまって残念だったね」
「うん。——でも、いまは暢気《のんき》にそんなことを考えているような時代じゃない、ってことなんだと思うから。立派な王が都にいて、国がとても安定しているような頃に生まれたらよかったんだけど……そうじゃないから、仕方ないよね」
「雁《えん》とか奏《そう》に生まれればよかったね」
 夕暉は苦笑する。
「そういうことを考えても意味がないから。ぼくは慶《けい》に生まれてしまったんだから。結局のところ生まれてしまったら、あとはどれだけ自分らしく生きていけるか、ってことなんだと思う」
「本当に夕暉って、しっかりしてる。……虎嘯がとっても残念がってたの、分かるなあ」
「兄さんのほうが心配だな。兄さんは自分のことより、他人のことに腹を立ててしまう性分だから。他人の喧嘩《けんか》を肩代わりすることなんてしょっちゅうだけど、こんな大きな喧嘩を肩代わりしちゃうんだから、呆《あき》れてしまう」
 鈴は少し手を止めて瞬《まばた》いた。
「……ひょっとして、夕暉は虎嘯のやっていることに、あまり賛成じゃないの?」
「そういうわけじゃないけど。……でも、この街の人は、兄さんが怒ってあげているほど、昇紘《しょうこう》に怒ってるわけじゃない。——というか、すっかり怯《おび》えてしまって、昇紘をどうにかしよう、なんて考えるくらいなら、なにもかもに我慢して暮らすほうがいいんだよね」
「それ、……分かるな」
 鈴は手元を見つめた。
 傷つけられるのは苦しいから。やがて痛みにもう無条件に怯えるようになってしまう。苦しみから逃れるために我慢する。そのうちに我慢することで、なにかをしている気分になる。……本当はなにひとつ変わってはいないのに。
 夕暉は軽く溜め息をついた。
「もしも兄さんが昇紘を討《う》って、それに失敗したら? きっと昇紘は怒りにまかせていまよりも止水《しすい》の人に辛《つら》く当たる。止水の人は、兄さんを恨《うら》むよね……」
「……そうかもしれない」
「だから、ついててあげないと。——本当に、どちらが世話してるんだか分からないんだから」
 夕暉が茶目っけを含《ふく》ませて笑うので、鈴もまた微笑《ほほえ》んだ。そこにちょうど当の虎嘯が入ってきて、鈴は夕暉と顔を見合わせ、思わず声をあげて笑った。
「——なんだ?」
「……なんでもないよ。どうしたの?」
 夕暉の言葉になおも首をかたむけながら、厨房《だいどころ》の戸口から虎嘯は鈴を手招きする。
「悪いが、また三騅《さんすい》を出してくれ」
「……荷運びね?」
 鈴は虎嘯に頼まれて、近郊の廬《むら》へ頻繁《ひんぱん》に物資を運びにいった。
「そうだ。今度は少し遠い。拓峰を出て東へ馬車で一日のところに、豊鶴《ほうかく》という街がある。ここに地図を書いた。労《ろう》のところへ行ってくれ。頼んでおいた荷が来ているはずだ」
 虎嘯の古《ふる》馴染《なじ》みだという労|蕃生《はんせい》という男だ。
「……分かった」
「労が上手《うま》く荷造りしてくれるが、衛士に止められても荷を開けさせるな。盗まれるんじゃないぞ」
「……見られてはいけないものね?」
 虎嘯はうなずく。
「——冬器《ぶき》だ」
 鈴は軽く身体をこわばらせた。
「かなり重いが、さほどの嵩《かさ》じゃない。あれが着けば、少なくとも腕の立つ最低限の連中には冬器が行き渡る。——頼む」
 鈴はうなずいた。
「……大丈夫。行ってくる」
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