豊鶴は拓峰ほどの大きさの街だった。止水|郷《ごう》の隣、琅耶郷《ろうやごう》の郷城である。
虎嘯の書いた地図を見ながら、鈴は南西の家を捜《さが》す。傾いた墻壁《へい》のいかにもみすぼらしげな家がそれだった。
途《みち》に面する大門《とぐち》はぴったりと閉ざされている。それを叩《たた》くと出てきたのは、五十がらみの小男、茶斑《ちゃまだら》の髪がめずらしい。
「——誰だ」
鈴は軽く拱手《えしゃく》した。虎嘯に教えられたとおりに挨拶《あいさつ》をする。
「あたしは、麦州産県支錦《ばくしゅうさんけんしきん》から来ました」
男はふと目線を鈴の拱手した手に向け、指環《ゆびわ》に目を細める。
「——入んな」
労は虎嘯の協力者ではあるが仲間ではない。これは仲間を確認するための挨拶ではなく、労に対して鈴の身元を明らかにするための挨拶だった。
大門《とぐち》を入ると、狭い院子《なかにわ》、その奥に間口いっぱいに古い家が建っている。廬家《ろけ》のような小さな建物だった。鈴が三騅《さんすい》を連れて中に入ると、男は大門の門扉《もんぴ》を閉めながら鈴を振り返る。
「俺が労蕃生だ。虎嘯のとこの者だな」
「はい。……荷を受け取るように言われてきたんですけど」
うん、とうなずいて、労は渋い顔をした。
「それなんだが、肝心《かんじん》の荷がまだ届いてねえ」
「——え?」
「今日じゅうに二手《ふたて》から届く手はずにはなってるんだが、どちらもまだ来てねえんだ。悪いがあんた、待ってもらえるかい」
はい、と鈴はうなずく。こちらに着いたら、労の指示に従え、と虎輸には言われている。
「ひょっとして夕刻に着くようなら、一泊してもらわないといけない。——まあ、汚《きたな》い所だが、寝る房間《へや》くらいはある。悪いが勘弁《かんべん》してくれ」
「いいえ。かまいません」
「まあ、のんびりしな。その大層な馬には水をやろう。あんたには茶でいいかい」
はい、と鈴はうなずいた。