祥瓊《しょうけい》は馬の手綱《たづな》を手に取って、同じく三騅《さんすい》の手綱を取る鈴《すず》に声をかけた。
うん、と鈴の返答は短い。
「また、会えるといいわね」
これにも、鈴は短くうなずいて答える。
——どこに。
住んでいるのか、と訊《き》きかけた言葉を危うく祥瓊は呑《の》みこんだ。
ずいぶんいろんなことを喋《しゃべ》った。ひょっとしたら|桓※[#「鬼+隹」、unicode9B4B]《かんたい》が聞けば、顔をしかめるようなことまでつい言ってしまった気がする。それでも祥瓊も鈴も、言えることの限界を知っている。
「本当に、会えるといいのにね……」
鈴が泣きそうな顔で言うので、祥瓊は強くうなずいた。
「会えるわ。慶《けい》が落ちつけば」
「うん……」
それじゃあ、とたがいに視線を逸《そ》らして騎乗する。無言で豊鶴《ほうかく》の街を出て、またねと短い言葉を交わして街道を東西に別れた。
騎乗一日、夕刻前に明郭《めいかく》にたどり着き、軽く風よけのように布を被《かぶ》って門を入った。とりあえず、刑吏《けいり》に石を投げた娘の探索は打ち切られたようだが、用心にこしたことはない。門卒《もんばん》はちらりと祥瓊を見上げたが、特に興味もなさそうに視線を外《はず》した。
明郭では——いや、明郭からはじき出された北郭《ほっかく》と東郭《とうかく》では、刑吏に石を投げる者はまれでも、犯罪者は多い。いつまでも祥瓊ばかりを追ってはいられない、ということだろう。
困窮した荒民《なんみん》、貧しい人々の坩堝《るつぼ》に隊商の荷が投げこまれる。なんの誘惑も感じないほうが不思議というものだ。食べるものにも事欠き、飢えた人々は進退|窮《きわ》まって穀物を積んだ荷車を襲う。そんな人々が刑吏に捕らえられ、広途《おおどおり》に引き出されることがないのが救いといえば救いだが、彼らがどこかに捕らえられているという話も聞かなかった。
傭兵《ようへい》たちの噂《うわさ》話に言う、それらの草寇《おいはぎ》たちは、捕まっても盗んだ品を差し出せば解放される、と。
困窮した人々が徒党を組んで荷を襲い、捕まっても決して罰されることのないことを知る。たとえせっかくの上がりを没収されても、運良く捕まらずに済めば彼らは当面の飢えから解放される。たとえ傭兵を雇《やと》って守る隊商があっても、全ての荷に護衛がつけられるわけでは決してない。困窮から始まった略奪は、恒常的に繰り返されるようになる。
——うまく草寇《おいはぎ》を作っている。
|桓※[#「鬼+隹」、unicode9B4B]《かんたい》はそう言う。そうやって作られる草寇、彼らが捕まるたびに州庫に落としていく物資。それらの品物が持ち主に返されることは決してない。和州《わしゅう》はそうやって富んでいく。
商人たちはそれを承知でも明郭を通らないわけにはいかない。小さな商人たちは徒党を組み、金を出し合って傭兵を集める。州師に賄《まいない》を差し出して、保護を願うが、運んでいる品によっては当の傭兵らが荷を襲わないとも限らない。実際、そういった事件が頻繁《ひんぱん》にある。
少しでも腕に覚えがあれば職にありつけると、近郊から集まった人々が、腕を競って流血騒ぎを繰り返す。
溜め息をひとつついて、祥瓊は馬を降り、大門《いりぐち》の中に入っていった。