花庁を出ていく人々の中から夕暉を探《さが》し、鈴はその手を引いてすっかり埃《ほこり》をかぶった客房《きゃくしつ》の中に招いた。
「……虎嘯は大丈夫なの?」
さあ、と夕暉は壁にもたれる。
「そう、思うしかないね」
「千では足りない?」
「昇紘を討つには充分過ぎるだろうね。あいつが自宅に集めている警護が百、出先に連れてまわるのが五十程度だから」
鈴はほっと息を吐いた。
「じゃあ、なんとかなるわね」
「その後が問題かな」
「その後——?」
「郷長を討って終わりにするなら、腕の連つ人間が二十もいればそれでいい。昇紘の息の根を止めて、溜飲《りゅういん》を下げて、それで逃げ出すつもりならね」
「……それだけじゃないの?」
くすり、と夕暉は苦笑する。
「それはね、犯罪者のすることなんだよ、鈴」
「あ……」
「昇紘を暗殺して逃げ出せば、拓峰の人たち全部に迷惑がかかる。郷府《やくしょ》の連中が昇紘を殺した人間を捜《さが》さないでおくはずがない。せっかくの手柄を立てる機会だもの。どうせ昇紘の下で安穏《あんのん》としてられた連中だ、昇紘の流儀が身についてる。奴らはきっと、拓峰の人間全部を拷問《ごうもん》にかけてでも、犯人を捜そうとするだろうね。——だから、昇紘を討って雲隠れしてしまうわけにはいかないんだ」
「でも、だったら」
「そういった連中に昇紘を討ったのは誰か、なぜなのか、きちんと分からせてやらなきゃいけない。報復にやってくる連中とやりあいながら、州外へ逃げるしかないね」
「そのためには千じゃ少ない?」
「笑えるぐらい少ない。拓峰には州師三|旅《りょ》千五百が逗留《とうりゅう》してる。郷師ともいえる師士《しし》が千、護衛が五百」
「そんな……」
「そのどれもが戦うことが専門の相手で、なのにぼくらはろくに剣を持ったこともない者がほとんどだもの。そのうえ時間がかかれば、かならず明郭《めいかく》から州師が出てくる。数日でやってこれる範囲に駐留している州師だけでも、おそらく三千はいると思う。最終的には州師四軍の全てが駆けつけてくることだってありうる」
「そんな……」
「拓峰の人たちが呼応してそいつらに抵抗してくれなければ、ぼくらはまず皆殺しになる」
「そんなの、無茶だわ。……どうして」
「ぼくらは叛旗《はんき》を揚げるんだ。昇紘を暗殺したいわけじゃない。昇紘を討って終わりじゃない。そのあとのことは、拓峰の人たちの意気地《いくじ》にかかってる」
「でも——」
「それ以外に方法がないんだ。昇紘のような官吏《かんり》を許せないと思うなら、昇紘に叛旗を揚げて、昇紘のような官吏では民を治められないことを、ずっと上の人たちに教えてやらなきゃいけない」
鈴は唇を引き結ぶ。
「……そうね」
「逃げてもいいよ」
鈴は首を振った。
「逃げないわ」