「……本当にここか?」
「つべこべ言っても始まらん。虎嘯《こしょう》に会えば分かる。だから連れてきたんだ、疑うな」
男は言って、妓楼の中に入っていく。入ったそこが狭い飯堂《しょくどう》になっていたが、そこにはほとんど人気《ひとけ》がなかった。入ってきた男を、奥からあわてて迎え出る老人がいる。後に続いた陽子は、扉を背に立って、男が出てきた老人と言葉少なにわずかな会話を交わすのを見守っていた。
老人が奥に退《さが》り、すぐに代わって出てきたのが、いつぞやの男だった。
「——いつかの娘だな」
「……虎嘯か」
そうだ、と男はうなずく。飯堂のほうに顎《あご》をしゃくった。
「座れ。——もっとも、飯は高くつくぞ」
「訊《き》きたいことがあって来た」
「とにかく座れ。俺はお前と揉《も》める気はねえ」
陽子はためらい、奥のほうに二、三の男が顔を出しているのを見た。少なくともすぐに襲いかかってくる様子はないのにうなずいて、おとなしく席の一つに着く。
「北韋《ほくい》にいたろう」
虎嘯もまた向かいの椅子《いす》に腰をおろす。
「いたな。——ちょうど知り合いの家を出るところだった」
「前にはそうは言わなかった」
「言えん事情がこっちにもある。今度は言ったから勘弁《かんべん》してもらえんかね」
「里家《りけ》には以前から不審な男がやって来ていた。そいつを案内していたのが労《ろう》というあの男だ」
「里家?」
虎嘯は不思議そうに問う。男も老人もなにも言わなかったらしい。
「固継《こけい》の里家だ。わたしはそこに厄介《やっかい》になってた」
「労はなんでも仲介《ちゅうかい》する。人を仲介するのは珍しいが、使い走り程度なら珍しくもねえ。俺は労とは古い馴染《なじ》みだが、それは知らなかったな」
「襲撃の前、里家の様子をうかがっているふうの男たちがいた。その連中は拓峰《たくほう》に戻った」
「襲撃? ——固継の里家が襲われたのか!?」
虎嘯が本当に驚いている様子なのに、内心首をかしげながら、陽子はうなずく。虎嘯は背後を振り返った。
「誰か、鈴《すず》を呼んでこい」