大刀《だいとう》を振るう虎嘯の動きは烈《はげ》しい。大刀は槍の先に穂先の代わりに幅広い肉厚の曲刀がついているような代物《しろもの》で、その重さが百|斤《きん》近くもある。それを振り回し、敵にたたきつけ続ける腕力は感嘆に値した。
飛び出してくる敵、振りかぶられた大刀は、百斤の重力のままに振りおろされて敵の骨を砕く。横に払えば生じる遠心力で冑《よろい》をくぼませて打ち払う。そのまま後に突き出して鐓《いしづき》で背後の敵を突く。
虎嘯が大刀を一振りするごとに、あたりには凄惨《せいさん》な音が響いた。
「……すごい」
思わずつぶやいた陽子を、虎嘯は笑って振り返る。
「お前もやはり、只者《ただもの》じゃない」
「そんなに大したことじゃない」
「……小娘のくせに、人殺しに慣れてるな」
走廊《かいろう》を駆け抜けながら、虎略の呼吸は確かだった。
「まあね」
陽子は苦笑する。偽王《ぎおう》軍と戦った。戦うということは、すなわち敵を殺すということだった。陽子がひるめば、陽子を支援してくれる人々が死ぬ。だからといって、己《おのれ》の手を血で汚すことを恐れて、守ってくれる人々の背後に隠れていることはできなかった。
——どうせ玉座《ぎょくざ》などというものは、血で購《あがな》うものだ。
雁国《えんこく》の王はそう言った。
たとえ天から無血で与えられても、玉座を維持《いじ》するためにはどこかで血を流さざるをえない。たとえば、偽王軍の撃破に、内乱の鎮圧に、罪人の処刑に。
ならばせめて、卑怯者《ひきょうもの》にならないでいるほうがいい。
「——陽子!」
院子《なかにわ》から鈴《すず》の悲鳴が聞こえた。堂屋《むね》を三騅《さんすい》で跳び越えながら、院子をついてくる、少女の声。
殺気が右にあった。身を沈めてから敵の甲冑《かっちゅう》がたてる音を聞いた。頭上を斬撃《ざんげき》が通り過ぎ、それを追うように身体を伸ばして剣を突き出す。どんな屈強な妖魔《ようま》の身体も突き通す剣に、甲冑は脆《もろ》い。やすやすと突き通し、剣を引いて一振りする。血脂《ちあぶら》がそれで流れ落ちて、白刃《はくじん》には一滴たりとも残らない。
「呆《あき》れた傑物だ、その剣は」
虎嘯の声に、軽く苦笑し、陽子は脳裏に声なき声を聞く。
『班渠《はんきょ》が』
戻ってきた、とは聞くまでもない。陽子は行け、と命じる。昇紘《しょうこう》の元へ行って、少しでも敵を排除しておけ。
それきりもう返答はなかったが、己《おのれ》の命が伝わったことを陽子は知っている。