城外の州師も退った。四門の前に布陣し、明らかに夜明けを待つ構え。
「さて、どうなるか」
虎嘯《こしょう》は敵楼《つめしょ》の中から東、青龍《せいりゅう》門の前を見渡した。歩墻《ほしょう》の要所に設けられた小さな石造りの建物である。城壁の内外に突出して石壁に転射《まど》を設け、歩墻の左右に対しては厚い壁を築いて、重い扉を設ける。ここから城壁の内外を見張り敵へ向かっての射撃を行い、あるいは扉を閉ざして歩墻をここで分断するのだった。
「このまま動きがなければ、どこかを突破して逃げるしかないね」
夕暉《せっき》が言って、弩《いしゆみ》をとりつける転射からそっと市街を見渡す。
「そうなりそうだ。……静まりかえっている——」
眠っているかのようだが、眠っている者などいないだろう。不安のあまり、あちこちに集まる人々、おそるおそる郷城の様子をのぞいては、報告に帰る人々。すでに郷城が制圧されていることは、城壁に吊るした死体を見れば分かるはず。分かったうえで、彼らがいったいどう動くか。
「どうする」
陽子に問われて、夕暉は軽くかぶりを振る。
「夜明け前には動かないといけない。明けてしまったらぼくらは不利だ」
「昇紘を人質に取って退却できないか」
「昇紘に人質の価値があるかな。……それよりも、駄目なんだ、街の人たちが動いてくれないと。瑛州《えいしゅう》との州境には州師一|旅《りょ》と師士《しし》五百近くがいる。拓峰《たくほう》が大騒ぎになって駆け戻ってきてくれないと、ぼくらには退路がない。東からは今頃明郭の州師がやって来てる」
「北は」
北に山を越えれば、建州《けんしゅう》に出る。
「三々五々山に入って、建州に出るしかないだろうね。和州《わしゅう》に残っていれば、先は知れてる。他州に逃げるしかないけど、呀峰《がほう》が建州|侯《こう》に追撃を依頼したら終わり。たぶんぼくらが山を越えるころには建州にもこの騒ぎは届いてる。山を出たところで待ちかまえた建州師に討《う》たれるかも……」
「瑛州しかないわけだ」
うん、と夕暉はうなずく。
「川を越えた向こうは台輔《たいほ》の領だ。……それに賭《か》けるしかなかったんだけど」
期待をこめた夕暉の視線の先、市街は静まり返っている。