「どう——したんだ」
側にいた鈴《すず》も祥瓊《しょうけい》も、驚いたように起きあがったところだった。
「分からないわ……」
「——敵襲?」
「まさか、州師が着いたの?」
とにかく飛び起きて、箭楼《みはりば》から歩墻《ほしょう》に飛び出す。音の所在は郷城の四隅にある角楼《やぐら》だった。
「なにがあったの、|桓※[#「鬼+隹」、unicode9B4B]《かんたい》!」
祥瓊の声に歩墻にたたずんでいた桓※[#「鬼+隹」、unicode9B4B]は振り返り、険しい顔で南を示した。
「——え」
陽子はもちろん、祥瓊も鈴もその場に立ちすくんだ。
黒々と広がる拓峰《たくほう》の街、その南、環途《かんと》に面する街の端に光が見えた。赤い——炎が。
「火事……?」
鈴の声を聞きながら、陽子は目を細める。どうした、と声がして、虎嘯《こしょう》と夕暉《せっき》が駆けつけてきた。
「虎嘯、火が」
鈴の声は夕暉の声にさえぎられる。
「——州師だ」
え、とその場の者たちは夕暉の呆然《ぼうぜん》とした顔を見返した。
「……呀峰《がほう》のやることなんだもの、分かっているべきだった。——州師は街ごと、昇紘《しょうこう》ごと、ぼくらを焼き殺す気だ……」
馬鹿な、と怒声が人垣からあがる。
「虎嘯、どうする!」
声は陽子には馴染《なじ》みの者の声だった。
「この時間だ、街の者は寝てるぞ! 起こして火を消さないと」
駄目だ、と声をあげたのは、|桓※[#「鬼+隹」、unicode9B4B]《かんたい》と夕暉が同時だった。
「駄目? なぜだ、夕暉!」
「——州師が待ってるよ。たぶん歩兵を置いて、騎馬兵だけが先に着いたんだ。連中はぼくらが城内から出ていくのを待ってる。必ずね。人を向かわせれば、州師の精鋭騎馬兵に袋叩《ふくろだた》きにされるだけだよ」
桓※[#「鬼+隹」、unicode9B4B]もまたうなずいた。
「夕暉の言うとおりだ。ここで飛び出せばみすみすやられるだけだ。郷城にまで火が届くには時間がかかる。しばらくは様子をうかがったほうがいい」
虎嘯は二人を見比べる。
「見殺しにしろってえのか!?」
「ぼくらにできることはきっとない……。たぶん——」
夕暉が言いかけたとき、別の方角の角楼《やぐら》からも太鼓《たいこ》の音が聞こえ始めた。夕暉は瞑目《めいもく》する。
「他の場所にも火が放たれてる……」
「夕暉!」
軽く虎嘯の手が飛んだ。
「——ここで街の連中を見捨てたら、俺たちは単なる人殺しだ!」
虎嘯を陽子が促《うなが》す。
「行こう」
「陽子——兄さん!」
鈴が夕暉の肩を叩《たた》いた。
「私憤《しふん》で人を襲ったらだめ、でしょ? ここで街の人を見捨てたら、あたしたちのしたこと全部、私憤になってしまうわ。義憤を語る資格、なくなっちゃう」
「鈴……」
「桓※[#「鬼+隹」、unicode9B4B]と祥瓊たちが来てくれなきゃ、どうせ今頃どうなってたか分からないもの。それも覚悟だったんだから、あたしたちだけでも行こう?」
鈴、と言って夕暉はひとつ大きく頭を振る。
「……どこか一か所を突破して、街の人が外に逃げられる道を確保しなきゃ」
よし、と虎嘯は夕暉の背中を張り飛ばす。
「——行こうぜ」