「火を消して! 逃げるなら酉門《ゆうもん》へ!!」
市街のあちこちに伏兵が潜《ひそ》んでいる。それをとにかく逃げてかわし、それでも騎馬の数はたちまちのうちに減っていく。
またも数人の伏兵に襲われ、祥瓊の間近の一騎が倒れた。かろうじて逃げると、武器を持った者が駆け寄り、矢を射て槍《やり》を突き出す。また一騎が足を斬《き》られて倒れた。祥瓊の間近、鈴が悲鳴をあげる。
「——夕暉《せっき》!」
倒れた馬の騎手は夕暉、転がり落ちた夕暉に、軽装の兵が駆け寄る。祥瓊は馬首を巡《めぐ》らせたが、とうてい間に合うはずがない。曲刀を振り上げる兵を見て、祥瓊もまた悲鳴をあげた。夕暉には身を守る武器がない。
「夕暉——!!」
ごつ、と激しい殴打の音がした。曲刀を振りかぶった兵士のほうが武器を放し、頭を抱えてうずくまって、祥瓊は目を見開く。
「い……いい加減にしやがれ……!」
再度、兵士に棒を振りおろしたのは白髪頭の老人だった。
「俺たちをなんだと思ってやがる!」
虚をつかれた祥瓊の脇から、駆け寄る騎馬がいる。残る兵に止《とど》めを刺した。
夕暉は身を起こし、その心張り棒を握った老人を見る。
「……ありがとうございます」
いんや、と筋張った手が差し出された。夕暉はその手にすがって立ち上がる。歩けないほどの傷はなかった。離そうとした手を固く掴《つか》まれて、夕暉は老人を見返す。
「昇紘《しょうこう》は死んだかい」
「捕らえてあります。国府に突き出すために」
そうか、と言って、老人は手を離す。
「……俺にできることがあるかい」
夕暉は軽く微笑《ほほえ》んだ。
「火を消してください」
うなずいて老人が背を向け、側の馬上から手が差し出された。
「分かってくれる人もいるね」
笑った鈴の手を掴み、夕暉は鈴の後ろに飛び乗る。
「急ごう。……まだ市街を一周してない」