陽子はひそかに軽く笑い、不審そうにそれを見上げた虎嘯が陽子を振り返った。
「お前——なにをしてる?」
陽子は虎嘯を見返し、やんわりと首を振った。
「なんのことだ? ——それより門を開けないのか?」
虎嘯は軽く眉《まゆ》をひそめて、門に駆け寄る。ここにも懸門《けんもん》があったが、これは落とされていない。門闕にある大小の三|門扉《もんぴ》の前に据えられた足止めのための塞門刀車《さいもんとうしゃ》を押しのけ、閂《かんぬき》を外《はず》しにかかる。
門扉を開いた瞬間、矢が飛んでくる可能性もある。——そう思って虎嘯は手を躊躇《ためら》わせたが、横の小門を開く陽子の手はよどみがない。こういった、妙に不用心な態度を陽子は非常にしばしばみせて、そういったときには、必ず危険がないのだと、虎嘯はこれまでの戦いで学んでいる。
「へえ……」
虎嘯の右脇、もうひとつの小門を開いた|桓※[#「鬼+隹」、unicode9B4B]《かんたい》が興味深げな声をあげる。門扉についた環《わ》を壁の鉤《かぎ》にかけて固定する陽子を振り返った。
「陽子、お前、門外に敵がいないことを知ってたのか?」
実際、門外には敵の姿がない。骸《むくろ》と怪我人《けがにん》、放り出された武器とで閑地《かんち》は静まり返っていた。
いや、と陽子は首を振った。
「そのわりに、迷わずに門を開けたな」
「外に敵がいるかもしれないってことを、忘れてた」
「お前——」
言いさした桓※[#「鬼+隹」、unicode9B4B]を陽子はさえぎる。
「他から敵が来る。いそいでこちらも態勢を整えたほうがよくないか?」
虎嘯と桓※[#「鬼+隹」、unicode9B4B]が目を見交わした一瞬、駆け寄ってくる男があった。男は虎嘯が手をかけた門扉に駆け寄り、押し開けて環《わ》を鉤《かぎ》にかける。
虎嘯はそれを明郭《めいかく》の者だと思った。|桓※[#「鬼+隹」、unicode9B4B]《かんたい》はそれを拓峰《たくほう》の者だと思った。男は門扉を固定して、門前の塞門刀車《さいもんとうしゃ》を示す。
「あれを動かして、守ったほうがよくねえかい」
うん、とうなずきかけ、虎嘯も桓※[#「鬼+隹」、unicode9B4B]もその男が歯の根が合わないほど震えているのに気づいた。いまさらこの場面で震えるような者は、虎嘯の仲間にも桓※[#「鬼+隹」、unicode9B4B]の仲間にもいない。
虎嘯は破顔して男の背を勢いよく叩《たた》いた。
「確かにそうだ。——ありがとうよ」