虎嘯は鈴の旌券をためつすがめつする。それを鈴に差し出して、鈴の目をのぞきこむ。
「さっき二人が言ったことは本当か?」
とりあえず革午らは納得して降りていった。噂《うわさ》が広がっているのだろう、少なくとも街に漂《ただよ》った剣呑《けんのん》な気配は薄れ始めている。
鈴は祥瓊を見た。祥瓊が軽く首をすくめる。
「本当だと思ってくれてもいいわ。結果としては嘘《うそ》じゃないもの」
虎嘯が首をかたむけるので、祥瓊は手を振る。
「王師が本当に攻めてこないかどうか、本当のところは自信がないわ。……けれど、空行師もやってこないし、いまのところ攻めてもこないから、あながち間違ってないんじゃないかと思うの。——わたしたちがするべきことは景王を信じて待つこと、それは嘘じゃないわ、本当にそうなの」
よし、と虎嘯は膝《ひざ》を叩《たた》く。
「万一ということがある。隔壁の守りを固めろ」
虎嘯、と鈴と祥瓊は声を合わせる。
「二人を信じて、景王とやらが助けてくれるまで、待ってみよう」
よかった、息を吐いて、祥瓊は街を見やる。午門《ごもん》のほうを振り返って、目を見開いた。
「——鈴……!」
え、と駆け寄ってきた鈴に、祥瓊は空を指さす。
「あれ……」
虎嘯らもまた、窓辺に駆け寄る。
「あれは——」
街は依然、緊張している。不安が街の空気を沈ませていた。
王師は怖《こわ》いが、逆賊も怖い。留まりたい者は王師の攻撃を恐れ、その後の処罰を恐れ、逃げ出したい者は逆賊の報復を恐れていた。畢竟《ひっきょう》、人々は動くことを恐れている。——それが永年の間に昇紘が拓峰の民に施したものの全てだった。
日に何度も不安げに隔壁を見上げる。歩墻《ほしょう》に立つ人影に動きがなければ、とりあえずしばらくは大丈夫だということだった。
何度目かに隔壁を見上げた女のひとりが、ぽかんと口を開いた。
「……あれ」
声が聞こえたのか、周囲の者たちが同じように隔壁を見上げる。女と同様に目を見開いて口を開けた。