ボクにとっては、一橋大学に入ったということが、かなり影響が大きかったと思われるので、少しばかり、この学校のことについて書いておきましょうか。
だいたい、どうして一橋を受けようか、と考えたか? 予備校の模試やなんかで偏差値をみると、まあ一橋は入れる範囲にあった、という点がひとつ。
それから、旺文社の大学案内なんかを見ると、一橋はカリキュラムが少なくて、単位の取り方もラク、就職もかなり、いい。
なんとなく、みんな余裕を持って遊んでいるし、スマートな感じがしたんですね。「国立《こくりつ》の慶応」って思い込んじゃった。
それで入学願書をもらいに行ってみると、芝生のなかにレンガ造りの図書館とか講堂が立ってるわけですね。
「これはスゲエ」
ってことで、もう一橋受けよう、この学校にしよう、と。
ところが試験受けに行くと違うのね。
受験に来てるやつが、なんか暗いわけだよね。目つきが違う。腐ったようなダッフルコートやらカメラマンコートやら着て来てる。
「それでも入学する連中は違うだろう」
そう思って、受かってから学校行ってみたら、やっぱりそうだったわけですよ。変なのばっかりで、ボクは気ィ狂いそうになりましたね。
一橋大学には、春に戸田のボート場でクラス対抗のボートレースをやる伝統があるんです。そのときに、ボクは変な色のシャツを着て、短パンをはいて、赤い線が入っててアメリカ国旗みたいに星が並んでるという柄の靴下をはいて、サンバイザーにバンダナを首に巻いてといういでたちで行ったんですよ。入学したてのころですからね。このときのイメージが、かなり強烈に焼きついてしまったようなんですね。
三年生になって、ゼミが一緒になった女のコが、
「もしかして、ボート大会のときに変な靴下はいてた人じゃない?」
なんてね。そういう風に、キャンパスでは目立つだけは目立ちましたね。
目立つけど、モテるわけじゃないのね。一橋の女のコにとっては、ボクのような男のコって、魅力的じゃないみたい。ボクから見たら汚いジーンズをはいた、大したことない男が、人気あったりするわけです。
コンパなんかでも、変に面白いというだけで、ダメなの。だから、ボクが気に入ってもみんなボツになるんです。東京女子大の女のコと、コンパに行って知り合って、結構話も合ったから、
「よーし盛り上がろう」
と思うんだけど、相手はボクとつき合うつもりは、ないっていうんですね。ボツです。
でも、その女のコが友だちを紹介してくれるというんで、一回会った女のコがいました。青山学院の短大に行ったコで、父親は伊藤忠の商社マン、大船に住んでるコでしたね。
で、紹介するっていうんで、渋谷のレストランで、三人で会ったわけです。一応、顔合わせだけやって、途中で二人になった。
「どこか行く? パルコでも見に行く?」
ってきくと、
「ううん、いい。ここでお話してるほうがいいの」
っていうんですね。ボクとしては、食事して、あちこち歩いて、なんて、いろいろ考えてたんですけどね。
「いつもどんなとこに遊びに行くの?」
「スーパーコックス、とか」
「ふーん。うちの門限ってあんの?」
「八時なの。遅れるとママに叱《しか》られちゃうのよね」
「ふーん。だれと行くの?」
「先輩と行くの」
「どうしようか、パルコとか、お店見てみようか?」
「ううん、きょう気分悪いから帰る。全然このところ体がおかしくて、三日くらい何も食べてないの」
とか、ウソばかりいってるんですよ。だいたい、コックスというのは七時くらいから始まる当時あったディスコ。門限八時のコが、遊びに行けるわけがないんです。
「電話番号、教えてくれる」
「ううん、彼女にきいて。紹介してくれた彼女に悪いから」
なんていってね。だいじょうぶかな、と思ったけど、そういうものかと思って帰ったわけです。まあ、それでも一応会ったわけだから、つき合うつもりなんだろうと思って、その東京女子大の女のコに電話したんです。
「電話番号教えてくれなかったけど、教えてくれるのかな?」
「なんか、聞いてみたけど、彼女、やっぱりいま好きな人がいるんだって」
とかなんとか、例の手できちゃって、ダメでした。この失敗には、原因があったと思うんですよ。話をしてるときに、彼女の弟の話題が出たんですね。
「弟の家庭教師の人が、一橋なの」
「どんな人?」
「神村さんっていうの」
「エーッ、知ってるよ。ボクの入ってるクラブの先輩だよ」
なんていっちゃったんですよ。これは逆効果になっちゃったんですね。
そのコは、ボクとつき合おうか、どうしようか、という段階にいるわけですよね。
なのに、弟を介して、神村っていう先輩が自分とボクとを両方知っている、という関係になっちゃうのは、いい気分じゃないわけですよ。しかも、今後もデートしていくことになれば、ボクとつき合っているということが、神村さんを通じて、母親に知れる心配もある。
共通の知り合いというのは、それで盛り上げるのは、良し悪しですね。まだ、つき合うとも決めていない相手に対して、そういうことは知らん顔をしているほうがいい場合も多い、ということです。