横浜にあるフェリス女子大に入ったばっかりの女のコを見て、すごくいいな、と思ったこともありました。
ボクは二年生だったかな。寮に入って、洗礼も受けてるマジメなタイプ。でも、向こうもボクのことを気に入ってくれたようでした。それで、デートが始まりました。
まず、一回目——ボクは家庭教師をやって稼いだお金を用意して、フランス料理を予約して食べに行ったんです。六本木のドンクの地下にある、イル・ド・フランス。今では、何軒もビストロ風なフランス料理屋さんが六本木にもできましたけれど、当時は、このお店が六本木では一番。そういうお店のほうが喜ぶ、と思ったわけですね。
ところが、そういうとこって、料理がどのくらいの値段か、初めてのコだってだいたいわかるわけですよね。女のコは、そんなお店に連れてこられて、うれしいっていうより、逆に考え込んじゃうわけです。
「学生なのに、こんなに高いお店に連れてきてくれて、すごく悪い」
みたいに思い込んじゃう。
デートから帰って、寮の電話で、札幌のお家に電話して、お母さんに相談するわけですよ。
「きょう、こんなお店に連れて行ってもらっちゃったのよ、お母さあん」
「まあ! そんなところへ連れてってもらうのは悪いから、やめなさい」
なんていわれちゃうわけですね。
で、二回目のときは、ごく普通のお店へごはんを食べに行きました。つまり、ここで、
「最初から相手がシュリンクしちゃうような高いお店には、連れて行かないほうがいい」
というチャートが、できる。ところが、そんな�教訓�に気がつくのは、ずっと後になってからです。押すだけ少年には、そういった、恋愛の周囲のことがまるで見えないものなんですよ。ボクもそうでした。
話を続けます。
彼女が寮にいるせいで、電話で話すというのが、なかなかうまくいきません。それで、何度目かのデートのときに、
「カセットテープに、それぞれの話したいことを録音して、お互いに交換する」
いま考えれば、なんとオロカでガキっぽいと思うようなことが提案されたわけです。でも、かわいいことに、セッセとこれを実際に実行するんですね。確かに、押すだけ少年はジュンジョーなのですから。
「とにかくボクはキミのことが好きだ。すごく好きだ。好きなんだから、キミはボクのことだけをずっと見ていてくれればいいんだ」
という調子でテープを録音するわけです。ある日、何度目かの�返信�が戻ってきました。すぐに聞いてみると、
「あなたが私のことを好きで、私もあなたのことが好きかもしれない。でも、私があなたのことだけをずっと見続けていればいい、というのはどういうこと? 私だけが、あなたのことを見ていても、あなたは私のことだけを見ていないの? あなたが私のことを見ないようになっても、私はあなたを見ていなくちゃいけないみたいだわ」
エッ! と思いました。
「そんなこという人は、私、信じられない」
怒ってるわけですよ。
ボクとしては、ただ単に、好きで好きで、だから押せ押せで、そういう風にいったまでなんだけど、彼女には違うニュアンスで伝わってしまっちゃったみたい。
少し、二人の間には気まずい雰囲気が漂い始めました。
で、夏休みになって、彼女は札幌に帰省することになりました。ボクとしては、まだ彼女に去られたくはないですから、東京から、彼女の心をつなぎとめようと思って、札幌にまで電話を入れるわけです。
電話をかけて、ボクはキミのことが好きなんだ、と押し続けることが大切だと思っていたわけですね。しかし、ここでも反応は、裏目に出てしまいました。
「東京から、しかも昼間に、札幌まで電話をかけてくるなんて、どういう人?」
入学したばっかりです。ご両親は心配して彼女にそういいます。そりゃ、昼間にたいした用もないのに、東京から長距離電話をかけるやつは珍しいでしょう。不思議に思うでしょう。だから、
「そんな人とつき合うの、やめなさい」
みたいなことになってしまう。
向こうの気持ちが、フッと離れかかっているときに、無理に追いかけていっても逆効果になる、ということですね。こうしてまたひとつ、チャートができるわけです。