ホテル恋愛は、ボクの理想とする恋愛パターンの、エッセンスみたいな形になってるわけですが、通常、女のコとデートするとき、いつもいつもセンチュリー・ハイアットに泊まるわけにもいきませんよね。日常を離れたところに存在したはずの「ホテル恋愛」それ自体が、マンネリ化するのが怖いし、それに、そうそう長時間会うこともできない、何度も外泊はできない、というケースも多いと思います。
会ったときはいつもホテルを使う必要もないわけで、朝に会って夜までとか、昼間の四、五時間とかのデートも、十分に楽しめるはずです。
というわけで、ボクの好きなデートコースを、註釈《ちゆうしやく》をつけながら、いくつか紹介しましょう。
かなり洗練されたデートコースですが、だからといって、みんなで大挙して押すな押すなのコースにしてもらっても、ちょっぴり困ってしまいます。
つまり、都内の有名デートコース案内、として見ずに、「デートコースは、こういう考え方で作る」というサンプルとして受けとってほしいわけです。
なんにせよ、絶対にコレしか似合わないというのが決まってしまうと、非常に窮屈なものでしょ? 自分のデートコースは、自分で考える——これも、自由に恋愛を楽しむポイントなんじゃないでしょうか。
でも、まあ、ボクの推薦するコースを、全部なぞるんじゃなくて、参考にしながらアレンジを加える、というのはいいですよ。発展的です。みんなも、創意工夫に富んだ「デートコース・マップ」作りに励んでみてはどうでしょうか。
ボクのデートコース上にあるお店や場所は、ちょくちょくボクの書く小説のなかにも登場してきますので、その部分の引用をつけてみました。もう、『なんとなく、クリスタル』や『ブリリアントな午後』や『葉山海岸通り』あるいは、最新刊の『たまらなく、アーベイン』を読んでしまっているという立派な読者は、飛ばし読みして、次の章から読み出してもいいですよ。でも、まだ読んだことのない人は、この章の残りを丹念に読めば、ぼくの小説世界が早わかりできます。とっても便利なのです。
まず、昼間の三、四時間をフルに楽しむデートコースを紹介します。
山手線の目黒駅、権之助《ごんのすけ》坂の上り一方通行の途中のところにある「ウエスト」という喫茶店で待ち合わせをします。ここはワンフロアのわりとゆったりとしたお店で、まずはここで落ち合って、お茶をしてから出発します。
そこから白金《しろかね》方面に向かって歩いて行きますと、都立の「庭園美術園」があります。庭とか建物がいいんですね。それからそこの横の「自然教育園」へ入りましょう。ここには一定の人数以上は入れませんから、静かですし、なかには木がいっぱいあって、晴れた日なんかは、かなり、いい気分にひたれます。
白金から天現寺に向かってゆっくり歩いて行き、天現寺を右へ行けば、広尾《ひろお》に出ます。広尾では「フローイン・ドリーヴ」というパン屋さんがあるので、ここでおみやげのパンを買うといいですね。
このパン屋さんはドイツ系のパン屋さんでして、その昔、総理大臣だった吉田茂さんが大好きで、神戸にある本店から毎日取り寄せていたそうです。そのころは、このパン屋さんは神戸にしかありませんでしたから、なかなか大変だったようですね。
広尾の有栖川《ありすがわ》公園の手前にある、「クレルモン・フェラン」か「エバンタイユ」というケーキ屋さんに入って、ひと休み。それから「有栖川公園」をグルッとひとまわりしてもいいし、近くの「ナショナル麻布ストア」というマーケットで買い物をしてもいいです。外人客が八割以上を占めるここは、見るだけでも楽しいマーケットです。
それから有栖川公園の上のほうから出て、仙台坂上から暗闇《くらやみ》坂方向へ歩いて行きますと、左側に「西町インターナショナルスクール」があります。平日だと、外人の子どもたちが髪の毛をキラキラ光らせながら楽しく遊んでいるので、見物しながら、うっそうとした感じの暗闇坂を下ります。
下りたところが「麻布十番商店街」になってます。「鯛焼《たいや》き屋さん」とかがありますから、ちょっとノゾくなり、買って食べてみるなりして、十番から鳥居坂を上って六本木へ向かいましょう。
六本木に着いたところまでで、休憩時間も入れて約三時間の行程です。ずいぶん歩いたから、多分、お腹も空いてることでしょう。ごはんを食べて帰るわけです。時にはこんな感じのごはんのメニューはどうでしょうか。
≪たまには大衆食堂へも入ってみる。
六本木食堂は、夕方出かけてみるといい。防衛庁から退庁してきたばかりのオジさんや、これから仕事に入るウエイターの人たちが、黙々と食べている雰囲気がたまらない。マカロニ・サラダ、さば味噌煮《みそに》、メンチカツ、冷奴と、各種並んだカウンターから取ってきて食べる。学校のカフェテリアで、どれにしようかと選ぶ時とはまた違ったスルドさがある≫(『なんとなく、クリスタル』)
それからもうひとつは、千代田線の千駄木《せんだぎ》で降りて、千駄木から首振り坂という坂を上って行くコースですね。
谷中《やなか》のほうに向かって行きますと、「いせ辰《たつ》」という千代紙屋さんがあります。実に、このあたりの気分でしょ。もうちょっと行くと、駄菓子屋さんが結構あって、一〇円のラムネとか、そういうのが、いっぱい売られています。
坂の途中、右側には「大名時計博物館」というのもありますから、ちょっぴり見学してみましょう。ほかにも「朝倉彫刻館」というのも、近くにあります。おまけに、あたりにはお寺が多くて、夕暮れ時に歩くと山田|耕筰《こうさく》の世界にひたれそうです。
そうして行きますと、日暮里《につぽり》の商店街に出るわけです。日暮里駅のそばには「羽二重《はぶたえ》団子」という名物がありますし、上野の東京芸大の横まで足を伸ばせば「桃林堂《とうりんどう》」というお茶菓子屋さんがありますので、お茶をするのもいいでしょう。
そこから、上野の美術館めぐりをやってもいいし、夕方になっていれば、食事をします。
上野だったら「ポンタ」のトンカツ。浅草だったら「大黒屋」の天ぷらという手もありますが、おススメは河金《かわきん》です。このお店では、「百|匁《め》トンカツ」とか「二百匁トンカツ」というバカデカいトンカツを食べさせてもらえます。
このお店は昔の浅草国際劇場の裏あたりに位置していまして、踊り子さんなどもよく食べに来たとか。江利チエミさんなんかは、生前、好きだったそうで、よくいらっしゃったみたいですね。
トンカツだけでなく、ここのポテトコロッケというのも人気で、丸いやつなんですが、箱に入れておみやげにすることもできます。キャベツの千切りとソースもついてくる、という豪華版のおみやげになります。
口直しは、浅草だったら「アンジェラス」かなんかで、ケーキを食べておしまい。そこから帰るわけです。これも三、四時間のコースでしょうね。ボクの小説でいえば、こんなふうになります。
≪浅草は、何度行ってもあきない所だ。大黒屋の天ぷらは、衣が薄黒いのがなんともいえないし、花屋敷のジェット・コースターは、これぞ昔のジェット・コースターというクラシックさが、なんともまぶしい。
千駄木から谷中、日暮里にかけてのあたりも、なんともいえない良さがある。鴎外記念図書館のある団子坂を、まず歩いてみる。次には、不忍《しのばず》通りを横切って谷中へと、歩いて行くのがいい。いせ辰で、ブック・カバー用にと江戸千代紙を買ってみる。谷中せんべいをほおばりながら、お寺めぐりもしてしまう≫(『なんとなく、クリスタル』)