お洋服はいっぱいあるし、食べるものだってたくさんある。お金も、アルバイトをすれば、比較的ラクに稼げる世の中になっています。親はとっても子供にやさしいし、世の中みんな豊か。何でもしてくれる、っていう時代なんですよね。
だけど、それだからこそ、不安とか怒り、渇いた、満足しきっていない、という気持ちがあるわけです。
たとえば、洋服なんかでも、大昔はハダカだと危険だからってことで服を着てたわけだけれども、いまは全然、服を着ることの意味が違ってきています。ボートハウスに行列してまで買ったトレーナーが洋服ダンスのなかに詰まったまんまになってる。いまではもう恥ずかしくて着られないわけだから、みんなパジャマ代わりにしてお部屋で着て、それで長電話なんかしてるわけでしょう。
洋服を着るということが、一番最初の、第一義の目的であったところを離れたところ、つまり、肌ざわりがいい、とか、見てカッコいいデザインね、とか、だれが作った、とか、そういう本来の目的を離れたところに価値をおくようになっちゃってるわけです。
食べものを考えてもそうですよね。本来は何か食べないと生きてけない、というところで食べものが存在していたわけだけれど、いまはマクドナルドや吉野家が、どこにでも氾濫《はんらん》している。そうかと思うと、犬のポチだって、ゆうべのスキヤキの残りのお肉と牛乳を混ぜて食べさせてもらえる時代になっちゃっているわけです。人間も犬も、ただ単に食物を摂取するという意味で考えると、すごく行き渡ってるんですね。そうなると、どこのお店の何を食べるか、に価値を見いだそうということになっちゃう。
それがブランド信仰だったわけです。
人生のスタイリング化現象といってもいいですね。
ところが、そんなものでは根本的な充足感は得られないわけです。これはいいデザインだ、と思っていても、一年たったら、もう、古いものになってしまうんだから。一瞬の充足でしかありませんね。袖を通したときの満足度、というのは永遠には続きません。
そうすると、その充足感が、少しでも長く続くように、と、モノに対するコダワリ方がえらくエスカレートしていくわけです。どんどん激しくなっていく。そして、そのコダワリを正面切って口にするのは「中身がない」と思われそうだと心配して、そこで、ウンチクでもって味つけします。『BRUTUS』でやっているような、アレです。要するに、本音から逃げている感じがしないでもありません。
こういう現象が、どうして表面に出てくるか、というと、人間がみんな同じようになってしまっている、ということに起因していると思われます。
飛騨《ひだ》の山奥の、五〇人くらいの村に住んでいれば、日常生活でも、だれとだれがどういう位置関係にあるか、がわかる。つまり、自分が、その五〇人の人間関係のなかで、どう位置づけられるか、ということが確認できるわけですよね。
ところが、都会にいると、そうはいきません。電車のなかで、お尻をさわってきたオジサンが、どこのどういう人なのか、わからないわけです。強いて判別しようとすれば、どこの会社のバッジをつけてたか、どんな色でどんなデザインのスーツを着ていたか、メガネはどこのものだったか、そういうことでしか判別できない。表面的なことでしか、人間をどこのランキングにいるのか、という判断ができないわけです。
結局、みんな同じように黄色い顔をして、同じような生活レベルで、同じように生きてるわけで、これだと、自分がどこにランクされているのか、非常にわかりにくい、ということになります。
それでも自己確認を成し遂げたい。で、洋服とか、食べものといった�一瞬のモノ�ででも、自己確認していたい、と思うわけです。血の通わない、そんなものででも。
本当は、血の通った、ちゃんとした「人間」で確認したいはずです。
そこに、恋愛の大きな意義がある、と思うわけです。結局、恋愛というのは、ある意味で最も「確認」のできるものだと思うからです。
もともと、だれにでも生理的に、異性とつき合いたい、という願望があるわけですよね。都会生活で、洋服や食べものなんかで、何とかかんとか、瞬間の繕《つくろ》いをしている心のヒダを埋めてくれるものとして、恋愛はモノ以上に大きな可能性を秘めています。
不安、怒り、渇き、といったものを、充足に導いていくものとしては、恋愛は現代において、とても大切なものだ、という認識をするべきでしょう。
恋愛をすれば、自分ひとりの楽しみが二倍になるわけですよね。悲しいときは、それが二分の一になれる。相手はしゃべってくれるし、いろいろな反応もしてくれる。しかも、肉体的な結びつきも、できる。
恋愛をする、ということは、とてもいいことなわけです。
そして、その恋愛を楽しむのなら、なるべくいい気分で、しかも豊富に楽しみたい。とすると当然、「よそ行き顔」で、「ブティック恋愛」をするのが正解、ということになるんですよね。