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父子鷹06

时间: 2020-09-26    进入日语论坛
核心提示:固唾《かたず》 暫く黙って微笑して、やがて、小吉は一寸首を曲げていった。「断っておくがねえ、この前、外桜田の尾張屋亀吉に
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 固唾《かたず》
 
 暫く黙って微笑して、やがて、小吉は一寸首を曲げていった。
「断っておくがねえ、この前、外桜田の尾張屋亀吉に長崎奉行の小差《ようたし》を頼まれて、頼まれ甲斐もなく二十五両損をさせた事がある。こんどだって金はいろうが、成るか成らねえか、おれは知らねえよ」
「いや、それは秩父屋もそういう事の素人ではなし充分の心得はあるといっている」
「先生にはせがれが命を助けて貰ってある、こゝでお顔を潰す事はならぬから、心得があるというなら出来るだけの事はして見やんしょうか」
「是非共頼み入る」
 玄斎は大きな青い頭を丁寧に下げた。
 末姫というのは十一代将軍家斉五十五人の子の中の三十九番目の姫である。これが安芸《あきの》侍従《じじゆう》広島四十二万六千石の松平|斉粛《なりたか》に輿入しているが、それが国表の芸州へお引移りとなると御仕度が大変だ。この御用をきいたらそれこそ莫大な利益であろう。
「それでは今夕、改めてお屋敷へ秩父屋夫妻をつれて参るからお目通り下さい」
「飛んでもない。屋敷へ来られるなんぞは大|真《ま》っ平《ぴら》だ。それに」
 と伝次郎、松五郎の方を見て
「今夜はねえ」
 とにやっとして
「殊に差支がある」
 伝次郎、松五郎は小吉へ一緒に|ぺこり《ヽヽヽ》とお辞儀をして
「篠田先生、今夜は勝様は先約がありやしてね」
 と威張った。
「そうかえ。でも、なあ、秩父屋も急いでいる」
「勝様はね、本当はそんな事のお嫌いな方なんだ」
 と松五郎は
「お暇な時になさいやし」
 と苦い顔で少し腹を立てているらしかった。本当はぽん/\いうところだが、若い者が、火事場ばかりでなくちょい/\その辺で喧嘩をやったりしてこの先生の世話になる。出来るだけおとなしく言葉をつかっているのだ。
 それでは日を改めて別に席を設けて、小吉を迎えに来るという事で玄斎が帰って行く。
 小吉は自分の頭を叩いて
「何んだい、今日はまたお前らと云い医者までが、おれを追っかけ廻して滅法うるさい日だねえ」
 と笑って
「でも松五郎はいゝ事をいったよ。おれはほんとにあんな事はきれえだよ。喧嘩の方が面白いねえ」
 その晩は何んだか雨でも降りそうな模様になった。入江町の切見世の薄汚い|ぼさ《ヽヽ》塀に門があって、それが|四つ《じゆうじ》限りで閉めるが、ごろつき浪人は大抵この門限ぎり/\の時に来るという。
 少し嫌や気のさしている小吉を伝次郎と松五郎が押すようにして入って来た。
「臭え、臭え。おれはだから嫌やだというんだ」
 小吉は顔をしかめた。
「勝様、弱い者助けでございますよ。この間もききやしたがあゝして火の用心の行灯の下に立って物欲しそうにきょと/\と客を待ってる女共あ、何にも好き好んでこんなところへ落込んで来てるんじゃあねえんでござんすってさあ。多くは親のためだ、そこら辺の浮気娘よりあ余っ程感心もんですよ」
 と松五郎が尤もらしい事をいった。
「ほう、それあ恐入った。が、女も例えどんな事があろうともこゝ迄来て終っちゃあいけねえよ、こゝへ来る一寸前にもっと別な道がありそうなものではないか」
「それが、にっちもさっちも行かなくなるところがきびしい浮世でございます」
 小吉は出しぬけに、ぱっと手を打って
「見損った、松五郎、お前、案外うまい事をいうね」
「へっ/\/\。こゝへ来るとこれが合言葉になって居りやす」
「こ奴が」
 と小吉は
「みんないゝ女だがどれもこれも幽霊見たいだな」
 この切見世の例えば吉原の会所のようなところから、二、三人飛んで出て来て、小吉達を案内して、一番端っこの長屋へ連れて行った。小吉が坐るように、大きな紅い座蒲団が敷いて、前にちゃんと莨盆が置いてある。
 小吉は苦笑した。
「道具市場から今度あ切見世の用心棒か」
 ひとり言をいった。
「へ?」
 伝次郎が耳を寄せた。
「何んでもない、こっちの事だ」
 そういって、眼をつぶった。小吉も本所の小普請もんだ、こんなところをはじめて見た訳ではない。が、いま迄は今日のように何んだか親身《しんみ》に心を留めた事はなかった。同じ夜鷹にしてもこの入江町のは坐《すわ》り夜鷹という。ずらりと長屋になって間口四尺五寸、その中二尺が腰高障子になって二尺五寸が羽目板。奥行は蒲団を敷けばほんの履物をぬぐ位の土間があるだけだ。客が無ければ蒲団を畳んでその上に枕を二つ並べ、障子を開けて置くからこれが表から手が届くように見え、女が羽目板のところに立っていて、客をよんだ。
「同じ女に生れてなあ」
 小吉は、ほんとうに然様思った。俄かに近辺が湧いて来た。
「先生、来ました/\」
 誰かわからないが、そんな声を出した。伝次郎と松五郎が一斉に小吉の顔を見た。小吉は、知らぬ顔で腕組みをしている。
 二人の浪人が押し合うようにしてぬうーっと会所へ入って来た。羽目板の外には六人の浪人、どれもこれもひどい風態をしている。これに向い合って伝次郎と松五郎が、口をへの字にして睨んでいる。
 会所へ入った二人は、まるで合図でもしたように
「ふゝン」
 と鼻で笑った。それから
「おい」
 と途方もない大きな声で怒鳴って今度は一人が嫌やに嗄れた低い声で
「おのし、用心棒に雇われたか」
 顎を突出した。小吉はにやっとしただけで無言だ。
「何んとか云え」
 また一人が大声を出した。小吉はじっとこ奴の顔を見詰めた。
「山之宿の銭座役人のようなむか/\する面《つら》ではないが、こ奴も下卑たもんだ——が、やっつけたらまたお信に叱られるかねえ」
 そう思って、も一人を見た。これもそんなむかっ腹の立つ顔でもなかった。しかし、二人にしては、じっと坐ったまゝで、こっちを見ている小吉が俄かに不気味になって来た。
 睨んでいた眼をだん/\伏せて、伏せながら
「用心棒かは知れねえが、いつもの極りを黙って出せよ」
 と一人が云った。も一人は
「出しゃあがれ」
 云ったと同時に、何にを思ったのか、いきなり、さっと抜討に坐っている小吉へ斬りつけたものである。刀の|※[#「木+覇」]《つか》へ手がかゝったのも、落しておいて腰をひねった動作も極めて理にかなって先ずは相当な腕であった。
 小吉はひらっと退った。切っ先が莨盆をざくりと斬った。小吉はそこにあった長い朱羅宇《しゆらう》の煙管を目にとまらぬ間に手にして雁首で、ぴたりとその刀を押さえていた。対手の刀は動かない。
「う、う、うぬッ」
 残った一人は真っ青になったし、そ奴は忽ち額に粒々を吹くように汗がにじみ出た。
「か、か、かゝれ、懸れ」
 横を向いて吃り乍ら叫んだ。が、相棒はもう立ちすくんで刀をぬくどころでは無さそうである。
「黙っておかえり、二度とこゝへ来ると、今度は命はねえよ」
「う、うぬッ」
 身悶えするように刀を引くのをぱっと放す。もんどり打って、狭い戸口から外へ仰向けに転がって出た。
「おい」
 と小吉は一人へ凄い眼をむけていった。
「慄える事はない。帰れ。二度と来なければそれでいゝのだ。命を粗末にするのは馬鹿とは思わねえか」
 対手は尻込みをしていた。それについて小吉は、草履を突っかけて戸の外へ出て来た。左に持った二尺九寸五分の池田鬼神丸が今夜は妙に逞しく見えている。
「あッ!」
 その小吉が、途端に息が詰まる程にびっくりした。
「お、おのしは——」
 そういって指さゝれた対手はすでに逃げ足になっている外の六人の中に、月代を延ばし色のさめた単衣、茶色くなった白博多の帯に朱鞘をさしてがったりと肩の落ちた扮装《しかけ》は、絵にも図にもならない侍であった。
 小吉は、その襟首を素早く鷲づかみにした。みんな逃げて行く。
「二度と来るな。それからもう一つ云って置くが、この男だけは生涯おれが預った」
 大きな声を出すでもなく、にや/\とそう云ってその侍だけをずる/\と、会所の内へ引っ張り込んで来た。
「は、は、放せ、放せ」
「いや放さぬ。勝小吉が押さえているのだ。さ、放れたいなら放れて見よ」
「放せ、放せ」
「放さぬ」
 何十遍何百遍、同じ事を繰返したろう。対手はとう/\泣声になって
「放して下さい」
 といった。
 小吉は、外から覗いている松五郎へ
「そこを閉めよ。この男は、ちと、おれにゆかりがある」
「おや、さようですか」
 戸を閉めて、外には人を寄せつけないように松五郎が立った。伝次郎は、切見世中を取鎮めた。
 小吉は、対手の前へ膝をくっつけるようにした。
「どうしたのだよ、これは一体」
 その時対手はすでに涙をこぼしていた。
「踏迷うにも程こそあれ、元は立派な紙問屋のせがれが、切見世荒しの盗《ぬす》っ人《と》同然の屁のような者に立交わり、しかもその侍姿は何事ですよ。え、おのしはね、丁度このおれがように、家をぬけ出し抜け参りから乞食同然で伊勢路をさ迷い歩く程、元々並に出来てはいない人だったが、これは余りひどかろう。おれもあの時は滅法おのしの世話になり恩は今でも忘れないがさて/\人間というものは、ほんの僅かな歳月《としつき》の間に変れば変るものである。おれはね」
 流石の小吉もごくり/\と固唾を何度も呑み下した。
 黒門町の紙問屋村田のせがれ長吉とは、伊勢路で別れて以来、江戸で三度逢った。逢う度にまるで別人のように変っていた。許嫁のお糸とその母親の三人づれで小雨の中を永代橋で逢った時は、自分も小石川御薬園裏の石川右近将監の下屋敷へ番入の日勤をしている時であったが、長吉もまだ全くの商ン人の堅気なせがれであった。二度目は池の端の小鳥見世で写生に来ていたのと逢ったが、この時は長吉はもう紙屋がいやで漆喰絵をこゝろざして家を出る決心をしている時であった。そして最後に入江町の屋敷角でぱったり逢った時は、紺の腹掛に印絆纏の本当の左官職姿で、しかもお糸を小吉が奪いでもしたように喧嘩を売った。
 小吉も時々はこの人を思い出した。今頃は立派な左官の漆喰絵を描いて、あれ程に好きな道だから仕合《しあわせ》にくらしているのだろうと——。それが、今、こゝで、四度目に逢ったこんな姿の長吉を前にして、何んだか、こっちも涙が出るような気持がする。
 長吉は俄かに畳へ手をついていった。
「笑って下さい勝さん、わたしは、どうしてもあのお糸という女を思い切れないのです」
「うむ」
「あなたに奪われたと思って恨み通していたがそれが違っていました。あの時、あなたに云われた言葉をたよりに、後を/\と追いとう/\逢う事は出来ましたが、やっぱり、どうしても立派な御武家でなくては嫌やだというのです」
「それで侍になろうとしやんしたかえ」
「そうです。あれ程打込んだ漆喰絵もすてて、侍になろうとした果てがこの始末です。こゝであなたにお目にかゝってこんな恥をかく。勝さん、お詫びします。わたしのような人間は、もう何にをやっても駄目です」
 小吉は、笑い出して、軽く長吉の肩を叩きながら
「まあいゝ、そう落胆する事はないさ。おのしは何事にも余り正直になり過ぎるようだねえ。失敗《しくじ》ったと思ったら遣りなおす事さ。これからは勝が力になる」
「有難うございます、が、駄目です。わたしはあなたに襟首を引かれた時にはっとした。あゝ、おれは人間の屑だったと」
「もうそんな事あいゝ。今もいう通り蒔き直しさ。ところでお糸さんというのは今どうしているのだ」
「この頃まで番場町の山崎直弥という御家人と一緒でしたが、そこも出て終ったようです」
「おのしまだそれに未練かえ」
 長吉は項だれて眼を伏せた。
「未練かえ」
 小吉はもう一度訊いた。やっぱり黙っている。
「よし、まあ、おれに任せてお置き」
 
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