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父子鷹10

时间: 2020-09-26    进入日语论坛
核心提示:新栗《しんぐり》 東間陳助は芯《しん》は至極の好人物だが元来が強情自慢な男である。あれが気絶する程打込まれたという。島田
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 新栗《しんぐり》
 
 東間陳助は芯《しん》は至極の好人物だが元来が強情自慢な男である。あれが気絶する程打込まれたという。島田虎之助というのは所詮は田舎ものだが余程の奴のようだなと小吉はにや/\した。
 屋敷へ帰って玄関先で
「おい、麟太郎がけえったよ」
 そう内へ呼んだ。呼んで終ってから、何んだかあべこべだったような気がして、ひとりでくすっと肩を上げて笑った。
 休む間もなく麟太郎は大きな声で本をよみ出した。途端に街をどん/\/\と太鼓の音がして
「火事は日本橋通町でござーい」
 とふれて歩く嗄れた声がした。それが遠く近くあっちからもこっちからも聞こえて来る。
「いゝ塩梅に風がない、大火にはならねえだろう」
 小吉はひとりごとを云って、麟太郎のうしろの方へごろりと横になってお信の出してくれた大きな湯呑の茶をすゝった。
 一日間をおいた次の日に篠田玄斎がやって来て
「秩父屋が丸焼けになったそうだ。今日、妹がわたしのところへ帰されて来ましたよ」
 としょんぼりした声でいった。
「あゝそうか。あの晩、火事は通町といったが、うっかりきいていた」
「小半町やられて、秩父屋も類焼だ。あの家ももう二度と立てないそうだ。公儀御用達までした老舗《しにせ》が惜しい事ですよ」
 小吉は黙ってきいていて何んにも云わなかった。
 次の日、市の世話焼さんからこれをきいた。世話焼さんは
「勝様は天の理法とおっしゃいました。これで御座いますねえ」
 と頻りに感心してひとりで頭を下げる。
 秩父屋が奉公人を一人残らず暇を出してとう/\神田岩本町の裏店《うらだな》に逼塞《ひつそく》したというのをきいたのはそれから一と月と経たない中であった。
 時々びっくりするような冷めたい風が吹いてもう八百屋の店に新栗が出た。
 今日は障子の外は青い空で小吉は仕立下ろしの袷を着せられてお信が前へしゃがんでしつけの糸をぬいている。
「此頃本所では妙な事が流行って来たとよ」
「どのようなことでございますか」
「世話焼さんもそういうし、松五郎もいう。きのう仕立屋の弁治に途で逢ったらあ奴もそう云っていたが、小普請の者あ揃って滅法刀が長くなったそうだ」
 お信は唯、さようで御座いますかというだけで、余りぴーんと来なかった。
「みんなおれの真似だとよう」
「まあ」
「おれが刀が長げえからそれがはやりになったとはおどろいた。気がつかねえが長げえばかりか拵え迄似せているという。その上、鬢《びん》をきつく引詰めたも、着物まで真似る。べら棒な話よ」
「さようで御座いますかねえ」
「今夜おれが頼まれてな、深川常盤町の狐|ばくち《ヽヽヽ》という奴へ行かなくてはならないが、この着物がまた流行るか。ふッ/\」
 お信は眉を深く寄せた。
「如何《どう》して、|ばくち《ヽヽヽ》の処へなどいらっしゃるので御座いますか」
「篠田玄斎先生に手を合せて頼まれたのよ。ほら、知ってるだろう、あの人の妹は秩父屋に奉公していたが家の破滅でけえって来た。そ奴はまだおれが顔を見た事もねえが、大層な堅固でね。年は左程でもねえに二度と何処へも嫁づく気はないから紅白粉の背負い荷の小商《こあきない》でもさせてやりたい、それにしても先立つ|もとで《ヽヽヽ》だ。玄斎はあれで|ばくち《ヽヽヽ》の上手とはじめてきいたが、今夜そこへ行って儲ける気よ」
「そうで御座いますか」
「妹の後家というのも心底も気にいったし、儲けてけえる道が危ないからと頼まれて嫌やとも云えず引受けたわ」
「あなたは天下の御旗本、およろしいので御座いましょうか」
「道具市から坐り夜鷹の用心棒、今度はまた狐ばくちと、おれも次第に下落だが、お信、おれはな、こ奴迄あ」
 と、ぽんと胸を叩いて
「落ちてはいねえよ」
 と笑った。引込まれてお信もにっこりして
「然様でございますねえ」
「だが、ばくち場は今夜が一度きりだ。おれはあんな事は大嫌えだ」
「篠田先生もお儲けなさればおよろしゅう御座いますねえ」
「さあ、そ奴はおれにはわからないがね。行って唯|食物《くいもの》でも食べて寝ていればいゝというから、嫌やだが行ってやるのだ。松五郎も頼むが、あんな男にばくちなんぞ見せては後々の為にならねえ。来るなといった。あんな男あすぐに物に染まるから」
「篠田先生とあなたとお二人だけでございますか」
「いや、世話焼さんが心配して、おれの介添に行ってくれるそうだ」
 麟太郎にこんなことをさとられたくない。早い中に屋敷を出ようと思っていたら、長崎奉行に行った相生町の牧野長門守のせがれで小吉が剣術を教えた成行《しげみち》から仲間《ちゆうげん》が手紙を持って来た。急にお目にかゝりたいから御足労いたゞきたいという。
「何んだろう」
 小吉は初袷に袴をつけて出て行った。ゆき丈《たけ》がぴーんとしている。
 成行は待っていた。
「実は父は長崎赴任早々ながら、御上様思召によって大目付仰せつけられて急遽帰府いたしますについて、後任は父の推挙により久世伊勢守広正様と相定まりました。これについて先般あなたからお話のありました小差《ようたし》の件について」
 といって成行は、長門守は心にかけて伊勢守にお願いし、大体、尾張屋亀吉に申しつけるとの御内諾を得ましたから、そのおつもりで然るべくお手配をなさいというのである。小吉は内心こおどりする程よろこんだ。これがうまく行けば、今日まで尾張屋から背負っていた物をかえせる。まして遊山無尽の思いやりなどに対しては、一体どうしたらいゝかといつも心にかゝっていたのである。
 伊勢守は三千五百石、千五百石の長門守よりはぐっと上だが、好人物はかねて小吉もきいていた。
「有難うございました。早速、尾張屋に告げて今日中にも策《さく》を取ります。その上また改めまして」
 小吉はいつになく少しあわてたように牧野家を出ると、すぐに町駕へのった。
「飛ばせ」
「先生、お珍らしくお急ぎで御座いますねえ」
「黙って飛べ」
「へえ」
 江戸の市中を、真っ昼間、駕が矢のように飛ぶ。小吉は時々、駕の内でにや/\した。
「有難てえ事だ。これで尾張屋へ義理がけえせる」
 外桜田も、尾張屋のずっと手前で駕を下りた。空は明るく、上は風があると見えて白い雲が流れて行き、また流れて来る。
 早足で、尾張屋の前へ行ったが思わず足がぎくっと釘で打ちつけられたようになった。大勢の人が潜戸から出たり入ったりしているが、太い柱に鉄鋲の目立った尾張屋は、ぴったりと大戸を下ろしているのである。藍の匂のぷん/\する新しい印物《しるしもの》を着た若い男が三人、用水桶の前へ立って話している。
 小吉はそこへずばっと寄った。
「一寸たずねる。尾張屋さんはどうして大戸を下ろしている」
 若い者達は、小吉をまじ/\見て
「へえ」
 といって、お辞儀をした。
「飛んだこって御座んして」
「どうしたのだ」
「旦那が今朝程急にお亡くなりでございます」
「えーっ?」
 小吉の膝ががくッとした。
「卒中という事でございます」
 もう一人の若いものがつけ足した。
「そうかあ」
 と唇をかんだまゝうなずいた。
「おれは本所《ほんじよ》から来たのだが、刀鍛冶の水心子秀世はまだ来ていぬだろうか」
「あゝ、秀世さんは来ています」
「勝小吉だ。あの人まで取次いで貰いたい」
「え? か、か、勝、勝先生。へ、へえ、畏りました」
 残る二人は、辞儀をつゞける。一人は転がるように内へ飛込んで行った。
 この日の夕方、ばら/\っと一度雨が降ったがすぐやんだ。
 その頃小吉は三ツ目の市にいた。
「いゝ人は先きに死ぬわ」
 腕組みをして、世話焼さんと向い合って、黙って考えている事が多かった。
「おれがように狐ばくちの用心棒に行くような男は長生《ながいき》をするからねえ」
 いったところへ、約束の篠田玄斎が入って来た。
「|ばくち《ヽヽヽ》はねえ、ふところの有る程勝つものだときいたが、先生も、町医者だ。そんなに銭はねえだろうねえ」
「三両ある、大丈夫だ」
「三両? 足りなかろう。今、世話焼さんと相談して、おれがこゝで十両拵えて置いた。さあ、〆めて十三両だ。出かけようかね」
「勝さん恩に着る」
「だが、損をしそうになったら、おれがまたこ奴を」
 刀をとーんと叩いて
「引抜いてあなたを脅かすよ」
「いやもうあれは怖いねえ」
 玄斎は本当に苦しそうに笑って、やがて三人が出て行った。
「何しろ千両ばくちというから、勝ったら大変な事になる」
 という玄斎へ
「その代り敗けたら元も子もなくなるという訳だ」
 と小吉がからかった。玄斎は
「いや、狐ばくちはわたしの得意だ、心配無用の事さ」
 と大口開いて笑って見せた。
 深川の岡場所《あそびば》の高橋際で、ばくち場は、京町二丁目の一番大きな女郎《こども》茶屋《ぢやや》戸田屋の奥座敷で開帳していた。蔵宿の亭主だの、日本橋辺の大きな商人《あきんど》だの五、六十人もむん/\する程に集っているので、小吉も世話焼さんも、びっくりした。莨の煙ですぐ前にいる人の顔さえよく見えない程である。
「世の中が悪くなると、こんなところは盛るものだ」
 小吉はそう世話焼さんの耳へさゝやいて、玄斎をその真ん中へ押してやり乍ら
「|もとで《ヽヽヽ》の事は心配するな。足りなくなれば運んでやる」
 そういってうしろの方へ引退った。
 小吉の名はみんな知っている。ばくち場の世話人達は、下へも置かぬもてなしだが、ひょいと見ると、隅の方の壁に刀をこう抱くようにして倚りかゝって侍が三人いる。
「世話焼さん、いけねえよ。あ奴らの鬢《びん》を見ろ、みんなおれが真似だよ」
「そうですね」
「おれは恥をかいているようなもんだ。こゝには、いられねえよ」
「と申しても、勝様」
「どこか外の茶屋へ行き、玄斎がけえる時に迎えに来て貰う事にしよう。そう伝えてくれ」
「そう致しますか」
 裏通りの茶屋三河屋へ行って、小吉ははじめてほっとして
「世話焼さん御免よ」
 ごろりと手枕で横になった。
「ね、こゝへ来て、おれがように酒も飲まず、芸者を呼ばねえも、余《あンま》り|ばつ《ヽヽ》が悪いから、お前さん、芸者の酌で酒でも飲むがいゝねえ」
「いや、わたしも芸者などとまじめで話をしているが面倒で——第一、一と切《きり》二朱の線香代は無駄でございますよ」
「まあ、そう云うな」
 小吉は
「おい/\」
 と大きな声で小女をよんで、云いつけた。
 いゝ芸者だった。が、それの来た時は小吉はもう、枕を借りて、薄い小夜着を胸から下の方へかけ、すや/\といびきをかいて眠っていた。
 世話焼さんは、はじめ、まるで怖いものにでも襲われたような恐縮の恰好で、芸者の酌を受けていた。
「もう結構、もう結構。わたしは酒は駄目なんだよ」
「そんな事をおっしゃらずにお召上り下さいましよ。そちらのお侍様もお起し申しなされましては」
「こちらはお酒は一滴も召上らんでな」
 芸者はにっこり笑って
「さ、お召上りを」
 次から次と酒をつぐ。世話焼さんは、頬がぽうーっと紅くなった。
「いゝお酒だね。も一つ、ついで貰いましょうか」
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