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父子鷹11

时间: 2020-09-26    进入日语论坛
核心提示:慾の顔 ふだんはついぞ飲まない、小吉同様一滴もいけないという事になっている世話焼さんが、小吉がひょいと眼をさましたら、い
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 慾の顔
 
 ふだんはついぞ飲まない、小吉同様一滴もいけないという事になっている世話焼さんが、小吉がひょいと眼をさましたら、いやもうひどく酩酊だ。
「へえ、相すみません、相すみません。これあどうもいゝお酒ですね。こ、こ、この家は何んと云いますか。姐さんのお名は——へえ、さよですか。これからもちょい/\寄せていたゞきますよ」
 頻りに芸者にお辞儀をしながら
「さあ、お酒をもう少々——へえ、もう、これでおつもりに致します。わたしはお酒はいける口ではないので御座いますから、へえ」
 休みなく盃を唇へ持って行く。小吉はにっこりして、眠っている風でじっとこれを見ている。
「あゝ、いゝお酒だ。もう少々頼みます。こんどこそこれでおつもりで」
 そんな事を何遍もくり返して、酒の来る度にお辞儀をし、芸者へ頭を下げてのんでいる。
 小吉は、寝返りをして、一人でくす/\笑っていると、京町の戸田屋から、篠田玄斎の使の若い者が来たといってその口上を女中が取次いだ。
「おう、そうか」
 と小吉は起きて
「玄斎先生は、もうかえるそうだ。うまく行ったらしいな。さ、世話焼さん、かえろう」
「へえ」
 と世話焼さんは今度は平蜘蛛のようになって
「勝様、どうもこゝの家は大変ないゝ家らしいですね。もう一本だけいたゞいてから参りましょう」
「それもいゝだろう」
 小吉は、坐って、じっと世話焼さんの酒をのむのを見ている。ちゅう/\唇を鳴らして盃を吸ったり、箸で何にか肴をつまもうとして、あっちをつまみこっちをつまみ、一つも口へは持って行けない。
 小吉は
「おい、姐さん、おれは用があって行って来るから、それ迄、この人に好きに飲ませておいてくれ、頼んだ」
 といった。
「と、と、飛んでもない」
 と世話焼さんは、大あわてにひょろ/\立上って
「か、か、勝様、それではわたしの顔が立ちません。わたしは、勝様の介添に参りました」
「そんな事あどうでもいゝ。おれはすぐにけえって来るから、それ迄、飲んでいろ」
 小吉は出て行った。世話焼さんがこんなになったのを初めて見て、歩き乍らもおかしくて堪らなかった。
 戸田屋では、玄斎は小吉の顔を見るとふいにばくち場を立った。
 みんなはッとしたような顔つきで眼を皿にした。
 玄斎は、小吉の側へくっついて耳元へ口を寄せ
「ざっと数えて六百両、この辺が逃げ時なんだ」
 といってからみんなの方へ
「また来ますよ」
 と少し頬をひっ吊らせて、無理に落着いて笑って見せた。
 顔を見合せた人達の今にも噴き出して来そうな腹立たしさが、少し上気して血走った眼をすえて、固唾をのんで玄斎を、そしてそれを小吉へ流して、俄かにがくりとした顔つきが小吉にもすぐわかった。
 胴元をしているらしい肥った男が、何にか云いかけようとしたら、玄斎は、わざと大きな声で
「さ、勝先生、帰ろう」
 といって、すぐに廊下へ出て終った。
 さっき見た浪人が三人、見送るような恰好でくっついて来た。
「お帰りか」
「今夜中には見てやらなくてはならん病人があるでな——はっ/\、ほら酒代だよ」
 玄斎は、馴れた手つきで一人の掌へぶッつけるようにして、三両、ぴしゃっと渡して
「また逢おう」
 笑って往来へ出た。
 夜更けの空は白けて、星が一つ/\、淋しく宙に浮いている。
「大した度胸だね」
 と小吉はひやかして
「みんな咬みつきそうに睨んでいたではないか」
「ばくち場というものは、途中の勝抜けを一番嫌やがるからね。だが、これをやらなくては、とどの詰りは一文なしにされて終う」
 気がつくと、息が煙のように白く見えた。
「浪人共も、金を貰う前までは、殺気立っていたよ」
「そうですよ。あすこで金をやらなければ、いつ迄もついて来て、何んだかんだと因縁をつけ、下手をすれば儲けた金を奪い取られたり、斬られたりして終うのだよ」
「追剥だねえ」
「だから、あなたに来ていたゞいた。先生がいては、あ奴らだって手も足も出ない。ね、勝さん、これで、わたしも妹の身を立ててやれる、有難く礼を申します」
「結構だが、そんなに儲かるから結句ばくちは身を亡ぼす。おれはあんなものは大嫌えだが、先生ももうやめるがいゝではないかねえ」
「はっ/\。行きたくも二度とは行けない。六百両の勝逃げだ、今度行ったら殺される」
 玄斎は急に、がっかりしたようにとぼ/\歩きながら
「今夜のような事は、土地《ところ》に顔のきいた先生のような人がついていなくては出来ない仕事、先ず狐とばく始まって、これは未聞《みもん》だ。唯、後いくらか恐ろしい」
「おれは何んにも知らないから、ひょいとお前さんらの口車にのってやって来たが、あ奴らの最後のあの顔を見て後悔した。憎まれ役は嫌やだよ」
 と小吉は立停って
「おれは、これから三河屋で世話焼さんをつれて行かなくてはならない。先生、先きに行ってくれ」
 といった。
「と、と、飛んでもない。こゝで、あなたに突っ放されて堪るものか」
「そうか、ばくちに勝つは、そんなに怖いことか」
 と笑って、急にどん/\と京町の方へ行く。玄斎は黙ってついて来た。
 座敷へ入って見ると、世話焼さんは頻りに首をふり乍ら
「どうもこれはいゝお料理らしい。この家は深川一ですね」
 まだ芸者を対手にのんでいる。
「わたしはお酒は嫌いですがね、どうもいたゞき出すと止りません」
 といって、そこに小吉の立っているのを見て
「あ、これは勝様、頂戴いたしました。この家のお料理もお酒も滅法なものでございます。おや、少々頂戴いたし過ぎましたかな。これは、眠くなりました」
 ごろりと横になった。
「困るねえ」
 と小吉はそれでも自分もうれしそうに
「世話焼さん、もうかえるのだよ」
「はい、はい、帰ります。帰ります」
 云ったと思ったら途端に大鼾をかき出した。
「はっ/\。困った人だわ」
 小吉はそっと抱き起して、世話焼さんの脇を自分の肩へかけた。
 背負ったまゝで外へ出た。
「どうもあの家のお料理は江戸一だ」
 世話焼さんは、そんな事をしゃべっているが、本当は眠っているようだ。
 深川を南から東北へ真っすぐに突切って三ツ目橋まで来るのは余程の道のりである。途中で玄斎は、何度も駕にしましょうといったが、小吉は背負った世話焼さんを振返るようにして
「おれは御旗本、この人は町人だが、おれはそれは/\世話になっている。どうして恩をかえしたらいゝかと、いつも考げえているんだが、人間というは妙なものでこんな僅かな事をしていても、それで万分の一をかえしているような気がしてねえ、おれは何んとなくうれしいのだよ」
「うーむ」
 玄斎はうなった。
 小吉はとう/\本所まで背負って歩いて終った。
 暗い中で、そのうしろ姿を見ると、玄斎は、これ迄にかつて一度も感じた事のない、しみ/″\とした人間のあたゝかさというようなものを身近に覚えて、自然に眼の中がうるんで来た。
 道具市へ着くと、おかみさんが飛出して来て
「まあ、お前さん、勝様に」
 すみませぬ/\と、地べたへ頭をすりつけるようにお辞儀をする。小吉は
「お前さんは、まだ起きていたかえ」
「やっぱり、気がかりでねむられませんでございました」
「いゝねえ。介抱してやっておくれよ。だいぶ酔うて終ってねえ」
「どうしてこんなにお酒をいたゞいたのでござりましょうか。とんだ御迷惑をおかけ致しました事でござりましょう」
「そんな事はない。これから玄斎先生を送り届けて、おれも屋敷へかえるから明日《あした》また改めて逢おう」
 小吉が入江町へ帰って来たのは、もう夜明けに近かった。
 次の日、市場へ行ったら、世話焼さんはまるで病人のように真っ青な顔をして、物も云わず、お辞儀ばかりしている。
「おれが酒をのまないものだからお前さんも、いつも不調法だなどといっているが、滅法好きではないか。好きなものを嫌いなような顔をするは、人をたぶらかすも同じだよ。よくないねえ、はっ/\は」
「面目次第もございませぬ。どうぞおゆるし下さいまして」
「謝まる事はない。酒のみもお前さんがようなのは、おれは好きだ」
 ものの小半刻も話していたら一とねむりして来たらしい玄斎がやって来た。
「ちょっと世話焼さん、こっちへ顔を貸しておくれ」
「何んでございますか」
 二人でこそ/\話をして、連れだって住居の方へ行った。小吉は例によって大座蒲団へ坐って、前へ積んである刀剣類を見たり、みんな何にか云って来る相談を捌いたりしている。
 玄斎は三十両包んでやって来ている。
「それあいけませんよ先生。そんなものを差出したら、勝様がお怒りなさるに定っている」
 と世話焼さんは声を潜めて云う。
「といって、このまゝという事は出来ないではないか」
「それはお礼を申さなくてはなりますまいが、それには時というものがありましょう」
 世話焼さんは、小吉の芯まで知っている。だからそういうが玄斎にして見れば、たゞ、有難うございますと、礼の言葉だけでは済まされないのも尤もである。
 とう/\、世話焼さんが市《いち》の方へやって行って、小吉に、こっちへお出まし下さいと伝えた。
「玄斎先生のようだが、おれはばくち場の用心棒はもう/\真っ平だよ。あれは嫌やだ。おれがところの麟太郎が命を助けていたゞいた御恩は忘れないが、ばくち場にいる奴らが、じろりと上目遣いにおれを見た、あの顔つきなんざあ亡者の目よりもっと怖いよ。おれは臆病だから、世話焼さん、もう、お前さんから断ってくれろ」
「へえ、それは心得て居ります。でも玄斎先生も二度とは御無理を申すことはございませんでござりましょう。とにかくまあ、ちょいとお顔をお貸しいたゞくように頼んでいますから」
 小吉は渋々立ち乍ら
「麟太郎奴、犬に睾丸なんぞ喰われるから、こんな事になりゃがる」
 ぶつ/\云って、住居へ行った。
「もうばくち場は嫌やだよ」
 頭からそういって
「慾に固まった人の顔程醜いは無いねえ」
「はっ/\は」
 と玄斎は少してれ臭そうに苦笑した。
「ところで勝先生、これは」
 と金包を押出して
「篠田玄斎が心ばかりでございます。世話焼さんともよく相談を致しました」
「何んだえ。それは金ではないか」
「少々乍ら」
 といった途端に
「馬鹿奴」
 小吉の割れるような大声が響いた。世話焼さんのおかみさんは、思わず、ぐーんとのけ反《ぞ》った程だった。
「小吉は汚ない金なんぞは要らねえ男だ。どうしても金を呉れてえなら、ゆンべ儲けた六百両一文残さず持って来い」
「え?」
「人の心のわからねえは禽獣《きんじゆう》だ。玄斎、まご/\してると斬っ払うぞ」
「と、申しましても」
「お前が妹は立派な女のようだから、おれも一肌ぬいでやった気だ。それに引きけえ、兄は無体な馬鹿者だ。早くけえらねえと、今日《きよう》向後《こう》本所《ところ》で医者はさせねえぞ。金がほしくてばくち場の用心棒に行く勝小吉と見損なったか」
 物凄い剣幕で刀を持つと、とーんと鐺《こじり》で畳を突いた。
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