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父子鷹15

时间: 2020-09-27    进入日语论坛
核心提示:宅番《たくばん》 小吉は、からかい面《づら》で刀を膝脇へ寄せた。「お前がことを云っているんではないよ。こんな事もあったと
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 宅番《たくばん》
 
 小吉は、からかい面《づら》で刀を膝脇へ寄せた。
「お前がことを云っているんではないよ。こんな事もあったという譬話だ、が大川、如何にしてもこの屋敷で、ちょいとの間に三百三十九両とは多過ぎたね」
 大川は今度は真っ赤になって来た。息をはずませて
「先生」
 と脳天から絞るような声を出した。が途端に
「よっくまあつもっても見よ、この金は多過ぎはしねえか」
 と押しかぶせた。大川はごくッと唾を呑んだ。そしてじいーっと小吉を見詰めていたが、一膝前へ出た。
「先生、あなたのお言葉はどうしても、わたくしが付懸けをしているというように聞こえますが、それならそれで確かな証拠を出して下され、さんざお金を立替させた上に、難癖をつけようというのは御旗本様のなされ方では御座いますまい。まるで破落戸だ。殿様、殿様からも先生へ仰せいたゞき度うございます」
「いやあ」
 と孫一郎は頭をかゝえて
「わしは何にもわからぬ、勝さんと話をしてくれ」
 とそっぽを向いた。
「そんならそれで、もう宜しゅうございます。斯くなりましてはわたくしも男でございます。どのような事をしてでも三百三十九両は一文残らず御返済をいたゞきます。然様思召し下さい」
「よし」
 と小吉は
「お前と喧嘩をするも面白かろう」
 腹をゆすって笑った。
「その代り申して置きますが、立替金は証文に書きかえていたゞくか、さもなければ本日から取立を致します。よろしゅうございますな」
 低い声でいう大川は今迄とは違って、俄かに勝ちほこったような皮肉が溢れていた。
 そして大川はつと立って、一度、態《ざま》を見ろというような眼つきを投げて、帳簿を小脇にどんどんと座敷を出て行って終った。
「大した奴だ」
 と小吉ははじめて感じ入ったようにひとり言をいって
「どうだ殿様、三百三十九両、半分位は本当に借りられたか」
 孫一郎は一体いくら立替させたのか借入れたのか雲をつかむような事ばかりいってはっきりしたところがまるでわからない。が、どっち道、そんなに立替させてはいないように思うという。
「当たり前だよ」
 と小吉は少し本気で孫一郎に腹が立って、自分の屋敷へ帰ってもごろりと寝ころんで考えていた。
「如何なさいました」
 お信は小夜着をかけてやり乍らそういうと
「おれも今度は大層困った。喧嘩が金勘定なのでねえ」
「おもしろう御座いましょう」
「馬鹿奴。何にが面白いものか。おれは、今度はあの大川丈助というにやられるよ。大した奴だ」
「珍らしくお弱うござりますねえ」
 小吉が黙っていると思ったら、いつの間にか眠っていた。
 次の日。もうお昼に近かったが孫一郎があわてて玄関からやって来た。
「勝さん、丈助は本家の岡野出羽守の屋敷へ行って帳簿を出して立替金をお返し下さらんで困ると訴えたそうだ」
「そうか」
 と小吉は頭を叩いて
「これあ、意外にうるさいね」
「もし、こちらで埒があかなければ御支配御老中まで持出すといっていたという」
「まあいゝよ。こうなったら、もう、じっとしてあ奴の出方を見ているより法はないよ。狐か狸か、化け方によって考えるまでのことだ」
「それはそれとして、ゆうべから、女がぱったり来ない」
「米屋の娘か」
「そう」
「来ねえなら投《ほう》って置きなさい」
「お、おのしはそう手軽にいうが」
「では、どうしようというのだね」
「どうしようという事もないがねえ」
 一度孫一郎を追い帰してほっとしていたらまたすぐやって来て
「丈助が来てうるさく云う。勝さん、頼む」
 という。
 行って見たら、羽織袴で、帳簿を包んだらしいものを横へ置いて玄関に坐っている。
「御本家へ伺ってお話を申上げたが、確《しか》とした御返答がござりませぬ。この上は、御支配御老中太田備後守様までお訴えいたします。念の為参上しました」
 という。小吉は首をふって
「岡野が屋敷は付懸けの銭を払う程有福ではねえんだ。何処へ出るなと、お前、好きにおし」
「では——」
 丈助はすっと立つと、無造作に帰って行った。小吉は一度、呼戻そうとしたらしかったが、苦笑して黙った。
「勝さん、どうしよう」
 孫一郎は青くなっている。
「あ奴にそこ迄の度胸はないだろう。やったところで御老中がお取上げはなさるまい」
「そうだろうか」
「御用繁多だ、こんな馬鹿な事にかゝり合っては居れまい」
 が、こう多寡をくゝった小吉が、丈助が老中へお駕訴をしたときいて、びっくりしたのは丁度、道具市にいた時だった。
「世話焼さん、この一件はやっぱりおれが負けかねえ」
 と笑って頭を掻いた。
「へっ/\/\へ。勝様のお負けなさるもまことに面白うござりますが、そうおさせ申しては土地《ところ》の者の顔がまるつぶれに成りますねえ」
「いやあ、あ奴がような悪智慧の立つはおれも潔よく兜《かぶと》をぬぐ。降参するよ」
「それはまだお早うございますよ。所詮は丈助は岡野様のお屋敷へお預けになって、御頭の遠山安芸守様から御役付が御出張でお調べがありましょう。それで丈助が悪事は露顕いたします」
「いや先ず駄目だろう。第一岡野へお預けとなれば宅番《たくばん》をつけねばならぬ。岡野にはその費用《かかり》の銭がないから困るだけだ」
「お金は出来ましょう。市へ来ている土地《ところ》の者はみなこういう事は飯より好きでございますよ」
「それは有難いが、何んといっても岡野の殿様というが至極の馬鹿だ。前の用人とぐるになっておれに地退ちをさせようとしたり、あゝして平川右金吾を用人にしてやれば、すぐに居れないようにする。まことを云えばおれも腹は立つのだが、隠居の江雪にも頼まれるし、第一、お屋敷にいて唯一人何んにもおっしゃらずに苦しんでいらっしゃる奥様《おまえさま》にお気の毒でこんな事はやるものの、お前さんらに迄、迷惑を掛けては気が済まないよ」
「何にをまあおっしゃいます。その大川という用人の悪智慧が勝つか、曲った事は大の嫌いという土地《ところ》の者の力が勝つか、勝様一つ、|とことん《ヽヽヽヽ》迄やって見ようでは御座りませぬか」
「はっ/\は。やるかあ」
「やりましょう」
 二、三日して、雨のしょぼ/\降る中を、丈助は頭の遠山安芸守からの通達で、岡野家へ宅番お預けになって送られて来た。
 岡野の一部屋を仮牢の拵えにして、みんな小吉の息のかゝっている剣術遣いが五人、腕を組んでちゃんと用意をして待っているのを見て、真逆にこゝ迄先きの手順はついていまいと思っていた丈助も流石にぎょっとした。剣術遣いの頭株は東間陳助だ。
 宅番となると何しろ出入りの者の食事や何にやかやひどく金がかゝる。この騒動でその日その日を忙がわしく過している中に、一度白粉のような薄雪がさらっと降った日があった。
 この間に、丈助は二度も宅番の隙をぬすんで逃げ出しては、太田備後守へ御駕訴をした。土地《ところ》の者がみんな集ってこれを厳重にすると今度は押上村に住んでいる丈助の女房が二度もつゞけて御駕訴をした。
 いろんな役人が岡野へ出張して調べるが、どうして/\、これこそ全くの小吉の見込違いで、丈助は文字も深いし、悪智慧が先きから先きに廻る上に弁舌も誠にてきぱきとした達者だ、お負けに公事訴訟は驚く程に明るいし、たった一つよりない証拠の帳簿は、ちゃんと自分で抱いているので、いゝ加減な付懸けとわかっていても、調べの役人が歯が立たないどころか来る者/\片っ端からおもちゃにされる。
 或時、張番の東間陳助がそれをきいていて腹が立ってとう/\我慢がしきれなくなって丈助を斬ろうとして、役人に叱られた。真っ赤な顔をして、ぽろ/\泣き乍ら、道具市へ来て小吉に口惜しがって訴えた。
「隙を見てあ奴を斬って、わたしは切腹いたします。どうぞ許して下さい」
「馬鹿奴、あんな狐か狸か知れねえような奴と心中をしてなるか。もう少しの辛抱だ、いつの世にも正が邪に負けるというはねえ事だ」
「しかし、出張の役人は、誰方もまるで大川の退屈凌ぎになりに来るようなものです。あ奴は事を大きくすればする程、自分の利益《とく》になるという腹だから、何処まで行っても際限はない。先生、わたしはあ奴を斬ります」
「斬ってはいよ/\こっちの敗けがはっきりするよ。お、東間、斬るならおれが斬る。それ迄待て」
「あ奴一人のために御頭《おかしら》の遠山安芸守様、本多日向守様など俄かの病気|引籠《ひきこもり》でもう避けていらっしゃる。口頭の弁ではとても公事の明るいあ奴には歯も立たないのです。先生、斬らせて下さい」
「よし。それならおれが今夜斬ってやる。おのしは、後学の為め、おれが人を斬るのを見よ」
「え?」
 その晩、小吉が岡野の屋敷へやって来た。東間をはじめ五人の侍の外に、御支配から二人|御張衆《おはりしゆう》が出張している。
 行灯を座敷のこっちへ置いて、この七人の影が黒く、丈助の坐っている方の畳へ映っている。
 ひどく寒かった。小吉は、こっちへ立って
「これあ、また雪だね」
 ひとり言にそういって、つか/\と丈助へ近づいて行った。
 犬が吠えている。
 小吉は立ったまゝで、じっと丈助を見詰めた。丈助は、ふゝンと鼻先で笑うような表情だが、鋭い眼を、小吉の手許から離さない。
 小吉は急に笑い出した。
「丈助、宅番は詰らなさそうだね。お前、金を貸したというに、こんな牢屋住居のような事は理に合わないな。侍は勝手だねえ」
 といった。
「余り嫌やんなって東間はお前を斬って切腹するというがねえ。馬鹿だねえ」
 丈助は口をきかない。への字に曲げてじろッと小吉を見上げたりした。
「寒いから、風邪をひかねえように気をおつけ。三百三十九両、とらなくちゃあ死切れまいから」
 小吉はそのまゝで、くるりと踵をかえして帰りかけた。東間があわてて追いすがって
「せ、先生、お斬りなさいませんか」
「丈助の顔を見ろ。如何にも狡そうな——あれあね、おれがいつも話す秩父屋三九郎なんてものじゃあないよ。秩父屋でせえあの通りだ。丈助は放って置いても、天罰で死ぬよ。おれは顔を見た途端に嫌やになった」
「そんな事をいっても」
「おい、斬っちゃあいけないよ、あんな獣のような奴を斬るのは余り馬鹿々々しい。あれでも表べは人間だからねえ」
 そのまゝ帰って終った。今日はどんな事になるかと思って内心ははら/\していた東間をはじめ、みんな狐につまゝれたような顔をして、あっけに取られて見送った。
 その夜更けからまた雪で、朝になったら、真っ白に積っていた。
 麟太郎はいつものように早く出て行った。これを玄関へ送って、こっちへ引返そうとしてお信は、足元がよろ/\っとした。小吉はこっちでこれを見ていて、ぱっと飛上ると、素早く抱えて
「どうしたのだ。こゝのところ余り顔色がよくねえので案じていたが、何処か悪いね」
「いゝえ、何んでもござりませぬ。もう、癒りましてございます」
「そうか」
 といったがまた気になって
「やすむがいゝではねえか」
 といった。お信は俄かにくす/\笑い出した。
「あなた」
「何んだ」
「|やゝ《ヽヽ》で御座りますよ」
「ほう、子供が出来たかえ」
「そのように御座ります」
「男かねえ」
「ほほゝゝ。それはわかりませぬ」
「麟太郎がひとり切りかと思ったが、同腹《きようだい》が出来るたあ、いゝね。いつ生れるえ」
「さあ、五月ででも御座りましょうか」
「男だね、それじゃあ」
「ほほゝゝ。端午のお節句とはかゝわり合はございませんで御座りましょう」
「はっ/\。そうかねえ」
 雪の中を道具市へ行く時に、三ツ目通りの四つ辻で珍らしくぱったり彦四郎と精一郎が家来をつれてやって来るのと出逢った。
 小吉はこの日は、羅紗の羽織を着ていた。
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