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父子鷹30

时间: 2020-09-27    进入日语论坛
核心提示:死場所 どうも隠居はいよ/\中風が本当に出たようだ。おなじみの篠田玄斎に来て貰ったら、やっぱりそうだという。しかも玄斎は
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 死場所
 
 どうも隠居はいよ/\中風が本当に出たようだ。おなじみの篠田玄斎に来て貰ったら、やっぱりそうだという。しかも玄斎は隣座敷へ小吉をよんで
「そんなに長くはないかも知れないよ」
 と耳打した。
「何にを——外科医者がわかるまい」
「いや、いくら外科医者でもこれ位はわかる。直ぐという事もあるまいがな」
「よし、おのしも、往《お》うさ来《く》るさには寄って診てくれ」
「いゝとも」
 小吉は隠居へ付きっきりで、殿様を見向きもしない。奥様も隠居の枕辺へつきっきりだが、それから半刻《いちじかん》ばかり経ったら清明がやって来た。
「御隠居様はお駕《かご》でお出かけだが、お屋敷と知れてはいても心配なものですから参りましたといってましてな。どうしましょう」
 と玄関で取次いだ堀田が小吉へ訊いた。
「さあ」
 そこに奥様がいるから、これは一寸返事に困る。
「勝様、どうぞ通して、あの方に御介抱をさせてやって下さいまし。江雪殿もその方が御満足でございますよ。えゝ、あたくしは、決して嫌味《いやみ》で申して居るのではございませぬ。本心からでございます」
「そうですか」
 と小吉は
「奥様もお丈夫なおからだでは無し、さっきの騒ぎで、だいぶお顔色もよろしくありません。では、そういう事に致しますか」
「どうぞ、お頼み申します」
 入って来た清明は隠居の有様にびっくりした。ぶる/\慄《ふる》えて、声を上げて強く泣きつくのを、奥様はじっと見て、そうーっと座をはずして行った。
「これ、静かにしねえか。中風だ、動かしてはいけないのだ」
 と小吉に叱られて清明は
「あ、あい、あい——あ、あたし、どうしましょう、どうしたら宜しゅうござりましょう」
「こうなっては、どうも斯うもねえ、奥様はお出来なされたお方だ。わかっていらっしゃる。医者の云いつけに従ってお前、心をこめて介抱を申す事だ」
「あい」
「が、加持や祈祷はいけないよ。唯、じいーっと静かに/\」
 暫くして小吉は殿様の方へやって行った。隠居が倒れたと知って、あれから一度もその座敷へ顔も出さない。臥そべっていた。
「殿様、あなたは世にも珍らしいお人だね」
「どうしてかねえ」
「親を慕わしいとは思われないか」
「さあ。思わぬ事はない」
「そうかねえ。さっきは本当に御隠居を斬るつもりだったのですか」
「いゝや、対手が斬るというから唯斬られまいとしただけだよ」
「それで刀を抜いたのですか。対手は実の父御《てゝご》だったよ」
 殿様は一度眼をつぶって、今度は三白眼を薄目に開いてちらっと見ただけで黙って終った。
 小吉はとう/\屋敷へ帰らずに、隠居の枕元で夜を明かした。清明もよく尽す。堀田もよく尽す。奥様は遠慮深そうに時々見舞った。小吉は何んだか、ひどく気の毒な気持がして、奥様が見える度に両手をついてお辞儀をした。
 春の朝は花の香をふくんだ靄《もや》の中から明けて来て、堀田が縁の雨戸を繰《く》ると、如何にもほのぼのとした陽が射込んで来た。
 隠居ははじめて口を利いた。低い小さな、聞き取れない程もつれた言葉つきであった。
「勝さん。わたしはおのしに恥かしい」
「まだ物をいってはいけませんよ、黙って黙って——」
「いやあ、今度の事は、奥《おく》が知っているから、あれからわしがどうして孫一郎を斬ろうとしたのかどうかきいていたゞき度い」
「知っている。そんな事を気にすることはない」
「有難う——が、勝さんいよ/\わしの死期も近づいて来たようだ。わしは柳島へ帰りたい、あすこで死にたい」
「え? あなたは御隠居をなさったとは云え、こゝの殿様の父上だ。あゝいう何にかにつけ不自由な、辺鄙《へんぴ》なところよりは、療養にはこの屋敷の方がいゝではありませんか」
「違う。おのしはね、お信さんといういゝ御新造を持たれ、お子もあのようによく出来る。だから自分の屋敷というものが一番いゝ、それより外のところは知らない。が、わしは違う。奥はよくつくして呉れる、実によく出来た女《おなご》じゃ。が、孫一郎は鬼だ。いつわしの寝首をかくか知れない奴だ。それもこれも元はわしに責がある。が、わしはもうその責を負う気力などはなくなっている。唯、世の中の誰にもかまわれずに、静かに死に度い、そうーっと死にたい。それには柳島が一番いゝところなのだ」
「わかった/\。御隠居、あなたの好きなようにする。もう物をいってはいけない」
「おのしにはずいぶんひどい目にも逢わされたが、それはいつもわしが悪いからだった。そして、それよりもっと/\世話になった。本当の子より、親身にわしを思ってくれたねえ。礼を申す——言葉にはとても尽せない。たゞこの上最後のわしの頼みは、わしを柳島で死なせてくれという事だ」
「確《しか》と承知した。いゝからもう黙っていなさい」
「頼む。中風という病は、瞬きをする先きの事の知れんものだ。わしを駕《かご》で柳島へ送って下さい」
「よし、よし」
「わしはわしの死場所の柳島で清明に介抱されて息を引取る。この前、おのし柳島へ来てくれた時、此事を云おうとして云いそびれてねえ」
 それでも障子越しの春の朝日は、いくらか隠居の顔を明るく見せてくれた。瞼を溢れる涙が、眼尻をつたっては枕へ落ちていた。
 小吉は奥のお居間で奥様《おまえさま》と相談した。
「玄斎の言葉では、残念ながらどっちにしても余り長い事はないという。どうでしょう、隠居は柳島で死にたいという。余っ程殿様が嫌やなのです。奥様はどうお考えなさいますか」
 奥様も涙をこぼした。
「生涯を我儘三昧にお送りなされたお方でござりました。わたしは、これ迄もせめてもの、あの方のお心の幸福《しあわせ》のためにどのような事も決してお逆い申しませんでした。それが今になって考えると、あの方には、冷めたい仕打にお感じなされたかも知れませぬが、わたしは唯々あの方の幸福《しあわせ》ばかりをそう思っていたもので御座いますからねえ」
「有難い事です」
 小吉も両手をついて泣いて終った。
「隠居も馬鹿ではない、わかって居ります。唯、口に出してお礼を申さぬだけの事。では、柳島へやる事に致しやんしょう」
「どうぞ、そうしてやって下さいまし。清明には、わたしからも改めてお頼み申しましょう。あの方に、最後まで思い切り、どのような我儘でもさせて下さるよう」
「それがいゝでしょう」
 といって、小吉は眼を閉じてから
「あゝ、奥様《おまえさま》は偉いお方だ」
 とひとり言をいった。
 お昼ちょっと過ぎに玄斎が来て、先ず大丈夫だろうという事だから、すぐに駕の用意をして、隠居の臥《ね》ている座敷まで担ぎ込ませた。こゝで小吉が抱いて駕へのせ、自分が駕脇へついて入江町を出発した。隠居は顔をゆがめて笑い乍ら、時々、駕から手を出して
「清明」
 といったり
「勝さん」
 といったりして、手を握った。
 この駕には二人の外に玄斎もついて来たし、東間陳助も堀田甚三郎も道具市の世話焼さん迄が一緒に来てくれた。
 駕は少し先きへ行く。東間と堀田がおくれて歩き乍ら、堀田は何度も何度も首をふった。
「全くあの屋敷には、寸刻もいるのが嫌やになったよ」
 という。
「尤《もつと》もだ。が、世にいくら悪人でも人非人と云われる者は少ないが、あの岡野孫一郎というは全く人面獣心だな」
 東間は虫唾《むしず》が走るというような顔をした。
 堀田はその東間へ顔を寄せて
「どうだろう、東間さん、代って貰えんか」
「何にを代るのだ」
「岡野の用人さ」
「と、と、飛んだ事を云うな。おのしは文字もあり、何事にまれ誤魔化《ごまか》しは甘《うま》し、先生が最適任とにらんであすこへやってある。おれが行っても役には立たんのだ」
「困ったなあ、こんな事ならいっそ韜晦《とうかい》して、また旅廻りでもやろうかな」
「馬鹿をいうな、先生に聞こえたら唯事では済まん。何あにもう少々の辛抱だ。おれが見当では、この隠居が」
 と東間が駕を指さして
「死んでさ。御病人だから奥様《おまえさま》もそんなに生きられない。そうなると先生は岡野の事などは頼まれたって構われんよ。先生はな、あの隠居の息がある間に、岡野の家の潰れるのを見せたくないというお気持であゝして苦しんでいられる。え、おい、何処の馬鹿が、大阪くんだり迄行って、あれだけの骨折りで、木綿一反のお礼で有難うございますと、頭を下げて貰っている奴があるものか」
「そうだ。今日の事だってその一反が父子|刃《やいば》を抜き合うという騒ぎの元だからね」
「しかし、先生があゝされるだけの事はあって、御隠居というのはいゝところがあるなあ。酒と女でふやけて終って腑《ふ》抜けかと思ったら、義理の為めには、自分の伜も斬ろうという。まるでよいよいのようなからだで、柳島から入江町まで駕で乗込んで来たのは、やっぱり歴《れつき》とした侍だ」
「おれがこの目で見る前の事を奥様から伺ったが、駕が玄関へつくと同時に飛上って、いきなり殿様の居間へ行く、突立ったまゝで、そなたは先般の一件で勝さんへ木綿一反の礼をしたというが、真実か、性根を据えて答えよと大声《たいせい》で怒鳴りつけたそうだ」
「そうだってねえ」
「それへ、自分の知行所から借上げたのだし、往復の路用も出した。まして勝さんの一行は帰りは京から駕だ。ずいぶん無駄な金を使っている。あれだけで結構だといった。隠居は何んという事をいう、人の親切がわからぬ奴は禽獣《きんじゆう》に劣る。岡野の系譜に禽獣が加わっては末代の恥だ、斬捨てるといってさっと刀をぬいた」
「並の人間ならおやじの刀の下だ。詫びるか逃げるかどっちかだが、隠居の分際でとか何んとかいって、剣術の一手も知らない人が逆に親に斬りつけようとしたというから驚き入った次第だ」
 この時、先きを歩いている小吉が振返った。
 怖い目で
「黙っては歩けねえのか」
「はっ」
 二人首を縮めた。少し行って、堀田がまた小さい声で、しゃべり出した。
「何んぼ何んでも木綿一反はひどい。それを隠居は余っ程恥かしかったんだね。酒や女で放埒《ほうらつ》をして世上にかき捨てる恥と、恥の性質《たち》が違うからねえ。斬ろうという。わたしは隠居を見直したよ」
「しかしあのぶよ/\のからだで心気が高《たか》ぶると中風が発するのは知れている。まことに気の毒な事をした——ほいッ、先生がまた振向いたぞ」
 堀田も東間も、さっとうつ向いて黙って歩き出した。
 丁度、法恩寺前を少しすぎて、小旗本屋敷の並んでいるところで、駕《かご》の中で隠居が何にかいっている。はじめはよくわからなかったが、気がついたので小吉が
「何んです」
 と内へ首を突込んだ。そして、笑いながら大仰にのけ反って
「おい、駕や、ちょいと留めろ、病人が小便がしてえという」
「へえ」
 小吉はまるで子供のように隠居を抱きかゝえて、往来で小便をさせた。往来の人がじろ/\見て行く。
「よし、さ、行こう」
 駕が動いたが、みんな無言だった。
 東間と堀田がまた少し遅れた。
「え、うれしいではないか先生はさ」
 と堀田が囁《さゝや》いた。
「そうとも。今知ったか」
 といって東間が
「だからこそ、この先生の為めなら命も要らないという奴がいくらもいる。先生は知らないが本所《ところ》の大名旗本の仲間部屋《ちゆうげんべや》の奴らが組んで、嫌やでも先生を押し担ぎ、この辺へ外土地から来て暴れる奴を片っ端やっつけよう、その代り部屋で出来る|ばくち《ヽヽヽ》の寺かすりは先生へそれとなく差上げようではないかという話が九分通り纏《まとま》っている。切見世などへ女を買いに来ては尻を出し、ずいぶん無法をいう奴も多いから、これもいゝ事だ」
「うむ。しかしだね、わたしは、今、ひょいと気がついたが、先生は御支配頭から他行留の身だ。こんなところ迄出て来てよかったのかね」
「ほい。そうだ。先生はうっかりしているのだよ」
「他行留を破ると、一間住居の座敷牢か、同支配の者のところへ御預けになる掟だよ」
 堀田に云われて東間があわて出した。
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