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父子鷹35

时间: 2020-09-27    进入日语论坛
核心提示:青柿 事実はすっかり隠居をして、小吉は近頃は多く道具市で呑《の》ん気《き》な日を送っている。みんな本当に親切だし、先生々
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 青柿
 
 事実はすっかり隠居をして、小吉は近頃は多く道具市で呑《の》ん気《き》な日を送っている。みんな本当に親切だし、先生々々と下へも置かないし、毎日いくらかの金にはなるし、暑い時は、世話焼さんの方へ行って昼寝をして日をすごしたりしている。
 丁度その日はひどく暑く、雲の峰がぴか/\して目《ま》ぶしくて見上げる事も出来ない。時々遠雷が聞こえたりして、市ではみんな
「ざあーっと一雨ほしいな」
 そんな事をいった。
 夕方、往来中を市から持って来た渋|団扇《うちわ》で、ばた/\尻を叩き乍ら屋敷へ戻って来ると、お信が、御支配から来た隠居|聴許《ききとどけ》、家督は麟太郎の旨の奉書を、笑い乍ら渡した。
「今日は何日だえ」
 小吉はそうききっぱなしで、お信が答える間もなく素っ裸になって、井戸端で、例のよくやる水をざあ/\かぶって、すぱっと拭《ぬぐ》って縁側へ上ると、大きな胡坐《あぐら》をかいて
「あゝ、いゝ気持だ」
 といってから
「おう、何日だったっけ」
「はい。七月廿五日でござります」
「おれが隠居騒ぎは晩春で、奉書の出たは夏の終りかあ。ふっ/\、さて/\役人というものはいゝものだ、はっ/\、天保九年七月廿七日勝小吉隠居すか」
 お信はにっこりしただけで、小吉の前へ莨盆《たばこぼん》を出してやった。隠居この方、小吉はよく莨を吸う。一服吸って、とん/\と吸殻を落して
「おれも今日から天下晴れて隠居だ。怖い者あねえよ。今夜は暫く無沙汰をしたから柳島の隠居がところへ行って来るよ。ああ、そう/\、右金吾は大層いゝとよ。今日は市の方へわざ/\東間が知らせに来ていったよ」
「それはおよろしい事で御座いますねえ」
 小吉は、日の暮れ方に出ていった。
 柳島梅屋敷の界隈《かいわい》はあっちにも、こっちにも蛍がふわり/\と飛んでいた。
 一度あのまゝ駄目かと思った岡野の隠居もあれからまたすっかり持直して、清明の肩につかまって、片ちんばのような恰好でよち/\薄闇の中の畑道を歩いて、今、家へ帰ろうとしているのにひょっこり逢った。隠居は少し痩せたが、その代り左の目が、|こめかみ《ヽヽヽヽ》の方へぐんと曲って、左の半身はまるで利かなくなったようだ。
「勝さん、月代《さかやき》が延びたね。普通は隠居をすれば剃るが、おのし、延ばしたねえ」
「そういうあなたは剃りは剃ったが、坊さんになって清明を口説くんだといって剃りましたっけね。あれではやっぱり、わたしと同じに剃らねえ事だ」
「はっ/\。剃れというなら剃っても、髪の毛などというものは直ぐに延びる。この通りさ。やかましい事をいう奴があったらすっと剃るがいゝよ。何にも逆らう事はないよ」
 と隠居は自分の顔を、小吉の方へ突出すような恰好をした。
 あるじの殿村南平は、吉田町の夜鷹宿《よたかやど》から何にやらの加持を頼まれて、も少しさっき出て行ったばかりで留守だったが、座敷へ上ると、隠居は清明に帯をとかせて肥った裸で、縁の板へ枕をしてごろりと横になり、糊のばり/\ついたような洗い立ての白い単衣をその上からふわりと掛けさせて
「勝さん、御免よ、おのしも裸になったらどうか」
「隠居というは気まゝなものだから、そうさせて貰おうかねえ」
 小吉も帯をといて、胡坐《あぐら》になった。清明が蚊遣《かや》りを焚《た》いて、その煙を団扇《うちわ》で隠居の方へゆっくりゆっくりと送ってやる。隠居は
「勝さん、ほら、あれを御覧な、あすこに三本ある柿の木へもう青い実がついている。いつの間にか日は経つが、人間というはなか/\こっちの思う通りに都合良くは死なぬものだねえ。この清明も、わたしが碌な手当も遣わさないに実によく尽して呉れる。こうしてみんなに迷惑をかけるのだから、早く死ぬ方がいゝんだがねえ」
「正にその通りだが、別に急ぐ事はない、あの青柿の熟したのを喰べてからゆっくり死んでもいゝでしょう」
「そうかねえ」
「しかし清明も心からあなたを思い、おやじの殿村も、あゝして加持|祈祷《きとう》で稼いでは、貢いでいる。隠居、あなたが手当をしているなどとは飛んだ間違いですよ。廿や卅の金はそういつ迄もあるものではない。医者にも謝さなくてはならねえし——世の中はむごく冷めてえものだというが、あなたは珍しい温いところに居れる何万人の中の一人という幸福な人なのだからまあゆっくりしなさい」
 隠居はうなずいたが、そんなこんなの隙に小吉は隠居に内緒で、そっと少しばかりの金を清明へ渡した。清明は要らないというような素振をしたが、やがて小吉は帰るという。
 隠居はびっくりして
「泊って行っては呉れぬのか。実はねえ、おのしに内密の相談がある」
 そういって隠居は清明へ
「ちょっと座をはずして居れ」
 といった。清明はちらりと小吉を見てから、団扇を持って、外へ出て行った。
「何んです」
「勝さん、実はね、わたしは自殺しようかと思っている」
「え? な、な、何にを馬鹿をおっしゃる」
「いや本気だ。わたしは屋敷をはなれ、こういうところへ来て、この老境に入ってはじめて少し悧巧になった。みんなの心配はわかりすぎる程ようくわかるようになったのだ。このからだでいつ迄生きて見たところで、何んの楽しみもないのだから、いっそ死ねば、みんながぱっと明るくなるのではないだろうか」
「御隠居! 人間はね、今もいった通り温い人情の中に生きているという事だけでも無上の楽しみだよ。あなたの生涯で今が一番幸福かも知れない。自殺などと滅法な事だ」
 小吉はきびしい調子であった。
 隠居は暫く黙っていた。そしてまたぼそりという。
「いやあ、わたしは自分の幸福《しあわせ》のために、みんなを不幸にして長生きを求める——それ程物のわからぬ老人ではなくなっているつもりだよ勝さん」
「物がわかるという事は、みんなの親しみを捨てて自殺するという事か」
「そう云われれば困るが——実は考えぬいた末の道がたゞ一つそこにある事を見つけたのさ」
「お屋敷の奥様《おまえさま》は何んとおっしゃった。生涯を我儘一ぱいで通して来られたお方だ。最後の場所も、お望みのまゝに我儘を通させてやって下さいましと、泣いておっしゃったではないか。あれはあなたを最上の幸福《しあわせ》にしてやって下さいという事だよ。天寿を完うせずにそんな死方をされては、奥様《おまえさま》に済まないとは思いやんせんか」
 隠居はぽたりと涙をこぼした。小吉はじっとそれを見ていたが、やがて
「岡野の隠居江雪も、これ程物のわからぬ奴とは思わなかった。いゝとも」
 と立ち上って
「おれが死ぬのではない、死ぬのはあなただ。自殺もいゝだろう」
 そういうと、身仕度をしながら大声で
「清明、隠居は近々《ちかぢか》自殺をするそうだよ。おれあ、知らねえよ」
 と叫んで、そのまゝ外へ出て行った。
 そこに清明が立っていた。小吉は肩へ手をおいて早口に
「すまねえなあ。隠居が事はお前や殿村にだけ心配はさせねえ、おれも出来るだけの事はするから、呉々も気をつけてやってくれ。お前らに心配をかけたくねえと自殺などとぬかしているからね。間違っても刃物は側へ置いてはならねえよ」
「はい」
「おれも隠居をしたのだから、もう何にも怖いものはねえ、いざという時は何んでもいって来るがいゝよ」
「はい。有難う存じます」
「くれ/″\も目ははなすな」
 小吉が帰って行って、隠居はすや/\とねむっているような恰好をしていたが、狸寝入《たぬきねいり》だと清明は思った。
 小吉は気持が昏《くら》い。ひょっとしたら隠居はやるかも知れない。途中でふと足を停めて、何度も引返そうとしたが、また思いついて入江町へ帰って来た。
 お信がお帰りなさいましといっても返事もせず、ごろりとねころんで如何にも不安そうな顔をしている。お信は永年《ながねん》連れ添っていて小吉のこんな顔をこれ迄余り見た事はなかった。
「何にがございましたか」
「何んでもねえ」
 出しぬけに門の外で声がした。
「先生、先生」
 三、四度それを繰返してから
「先生、東間です」
「馬鹿奴、それから先きに云え。胆を冷やしたわ」
 小吉は裸のまゝで暗い玄関へ出ていた。
「何んだ」
「男谷先生からのお言葉でございます」
「門は戸締りがしてねえのだ、開けてへえれ」
「あゝ、そうでしたか」
 東間陳助が玄関へ立った。
「男谷先生の仰せられるには、思い立つは吉日と申しますから、麟太郎どのは、本日から島田虎之助先生の道場へ、塾生としてお引移りになりましたとお伝え申せとの事で」
「何、島田? あれは江戸へ帰っていたのか」
「はあ、浅草新堀に道場を開かれました。塾生は今のところ麟太郎どのお一人、煮炊、洗濯、道場の掃除までお一人でおやりにならなくてはなりません。余りにもお痛わしいので、わたくしが、あちらへお供をするよう先生へ嘆願申して居ります」
「馬鹿奴、流石《さすが》あ精一郎だ。いゝところへやって呉れた。え、おう東間、お前らね、日頃余り麟太郎を甘やかしている。おれもいつぞや稽古を覗いて眼に余っているのだ。島田は田舎っぺえだから、力一ぺえやって呉れるだろう」
「はあ」
「あ奴は滅法強いし、大層|荒《あれ》えというから、結構な事だ。剣術はな、並な稽古をしていたのでは、うまくなって精々、お前位のものだ。お前らまだ一人前の剣術|遣《つけ》えではねえんだよ」
「はあ」
「用はそれだけか」
「そうです。では御免下さい」
 東間は帰ろうとした。途端に小吉は
「おい、待て」
 といって
「お前、おれがところの麟太郎に胴を払われぶっ倒れて気絶をしたというが、道場は芝居をするところじゃあねえぞ、馬鹿奴、お前がような奴と一緒では、麟太郎も碌な人間になれねえところであった」
「い、い、いや先生、それはお間違いです。何処にいゝ年をしてわざと道場の真ん中に気絶をする者がありますか。あの時は、本当にこたえました。未だに肋《あばら》の痛みが、時々出ます」
「嘘をつくな。今度はおれが本当に打込んで、未だ痛くねえ方の肋骨を折ってやる」
「ご、ご、御冗談でしょう」
 東間は頭を抱えて帰って行った。
 東間が帰ってから、小吉はお信へ向ってぶつ/\いう。
「聞いての通りだ。麟太郎は、まるで精一郎だの兄上に引っ浚《さら》われたようなもので、おのが子で、おのが自儘《じまま》にならねえ。自儘どころか、島田が塾へ引移るというに、おやじやお袋の顔を見にけえしてもよこさねえ。また麟太郎も麟太郎だ、おい、あ奴はとんだ情無しもんだよ」
 お信はにこっとして
「然様《さよう》でござりましょうか」
「え? 然様でござりましょうかって、お前、然《そ》うは思わねえか」
「はい、麟太郎は麟太郎で、あれでいゝのだと存じます」
「ふーむ」
 小吉は黙って終った。暫く経ってからまた
「亀沢町だとすぐそこだから逢わずとも気にもならねえが、浅草と云やあ、妙にこう遠いところへ行っちまったような気がするじゃあねえか」
 といったが、お信はやっぱり笑っただけで何んにも云わなかった。
 次の朝、夜が明けたか明けないに、若党一人と家来に上黒銀たゝきの槍を持たせ上下《かみしも》姿で馬へのった精一郎がやって来た。これから登城する途中寄ったという。
「大層立派じゃあねえか」
「は。お蔭様で此度御書院|番方《ばんかた》より御《お》徒歩《かち》頭に昇進いたしました」
「えーッ? それじゃあ千石じゃあねえか」
「は。これを叔父上にお喜びいたゞきたい気持と共に、昨夜東間氏を以て申上げました通り麟太郎どのを島田虎之助の道場へ遣わしましたので、この事を申上げに早朝ながらお邪魔仕りました」
「ふーむ、お前、もう千石かねえ」
 小吉は少しおどろいて、麟太郎の事を云い忘れていた。
 精一郎は
「島田虎之助の剣は古今のものだと信じます。それに中々よく新しい時代を見て居りますので、ゆうべも、剣と共にこれからは大いに阿蘭陀をやらせますと云っていました。麟太郎どのにとってはわたくしなどに数倍もまさる良き師と思います」
 といった。小吉はやっと少し落着いた。からだ中が、ぼうーっと熱くなっている。心の中で——何んでえ、千石に胆《きも》を潰《つぶ》すなんぞはおれも詰まらねえ男だ——そう思い乍ら
「滅法強いというから、おれも近々に遣《つか》って見る。どんな奴か、その時にわかる」
「別にお遣いなさらなくとも一見しただけで、叔父上には島田虎之助と申すものが確《しか》と御納得が参りましょう」
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