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父子鷹37

时间: 2020-09-27    进入日语论坛
核心提示:仲之町 江戸町一丁目から西河岸へ曲ろうとした時に、ばた/\とあわたゞしい女の足音が追って来る。振向くと佐野槌のおかみだ。
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 仲之町
 
 江戸町一丁目から西河岸へ曲ろうとした時に、ばた/\とあわたゞしい女の足音が追って来る。振向くと佐野槌のおかみだ。
「ま、まってお呉んなさいよ先生」
「お前がところで断られたのだ」
「新米なんですから先生を知らないんですよ。さ、とにかく引返して下さいましよ」
「だってお客が一ぺえだといったよ」
「まあ何んでもよござんすからさあ」
 ものの一間も駈けた事のないおかみは、はあ/\今にも倒れそうな苦しい息づかいで、顔も蒼くなっている。
「おれはお客を案内しているんだ。無駄に行ったり来たりはしていられねえよ」
「何にもかも御承知に——。ほんに意地悪でございますねえ——ね、それから先生、垢離場のお糸とほらいつぞや市ヶ谷の逢坂下のお濠ッ端でお目にかゝった神明のおときが、もう間もなく家へ参る筈でございます。何んという仕合者でござんしょう。どうぞお顔を見せてやって下さいましよ」
「面倒な事だ。他《ほか》の家へ行くよ」
「まあ」
 とおかみは、きつい目つきで
「本気でそのような事をおっしゃいますか先生。先生が他の家へお出でなされたら、佐野槌の看板はどうなります。顔の丸潰れはまだしも、明日から廓内で家の亭主野郎が口も利けなくなります」
「そんなわからぬ話があるか」
「よござんす、先生が飽く迄呆けていらっしゃるなら、佐野槌は今日限りで家を閉めますでございます」
「脅かすね。隠居はしても勝夢酔は侍だ、侍を脅かすは、お前さん、怖い女《ひと》だねえ」
 そうこうしている中に女が三人、さっきの若い衆もやって来て、|ぺこ《ヽヽ》/\お辞儀をして、小吉を引っ担いででも行きそうにする。
 小吉は仕方なく佐野槌へ引返したが若い衆のいった通り佐野槌はお客で一ぱいで、座敷が一つも空いてはいなかった。が、うまい事をいって、立派な座敷を三つもあけて、撰りぬきの女がずらりと並んだ。
 流石の虎之助も胆《きも》をぬかれて、ぼんやりと見ているだけである。
「どうだ虎さん、吉原というは斯ういうところだ。いゝ修行場だと思うがどうだ」
「はあ」
「剣術遣いがねえ、修行中だから莨は吸わない、酒は飲まない、女なんぞは側へも寄せない。そんな事ではいけないよ。話にならねえよ」
 しかし虎之助は、嫌やな顔で、返事もしなかった。
 女達は馴れている。頻りに虎之助に酌をしている隙に、おかみは、眼に物を云わせて、小吉を廊下へ連れ出した。
 おかみは低い声で
「ちょいと内所《ないしよ》へお顔をお見せ下さいましよ」
「面倒くせえよ」
「女達のくだらぬ話をおききなさるも御修行のお一つでござりましょう。たった今、あのお方にお云いなさったのを確と承わりましたよ」
「こ奴あ、取られたわ——おれは先きにけえるが、あの男は飛んだ木偶《でく》だから、女でもくっつけなくては血の通った本当の人間にはなれねえ、吉原中で一番綺麗な女をつれて来て、あ奴と一緒に寝せてくれ。ふったりしちゃあ大変だぞ、鬼がように強え奴だ。ましておれが面《つら》もつぶれるから、お前が腕を振うことだ」
「はい。でもねえ先生、先生がおかえりなさるは如何でしょう。内所は案外静かですから、女どもをお対手に浮世のはなしでも、聞いてやって下さいましよ」
「馬鹿を云え、浮世の事なら、おれが方で話してやるわ」
「あの女達が是非、先生にきいていたゞきたいと手を合せて頼むものでございますから」
「厄介だが、仕方がねえ、ところでとんと腹が減った、さっきお亀鮨へ上ったが、虎がおれの分まで忽ち平らげて終いやがった」
「はい/\」
 おかみさんは階下へ降りて行く。小吉はまた座敷へ戻って
「虎さん、さ、酒を飲んだらどうだ。ここへ来たらみんな馬鹿か阿呆になる。それに成り切れる迄が修行なのよ。お負けに厳しい掟は、一旦、どの家にでも上った者は、夜の明ける迄はけえれないからまずそれ迄はゆっくり出鱈《でたら》放題をするがいゝよ」
 虎之助は急にむきになって
「いや、それは困ります。わたしは早朝から稽古があります」
 小吉は笑った。
「え、虎さん、おのしにこんな事をいうは、まことに釈迦に説法だが、剣術は人間だよ、生きているんだよ。人間が人間らしい生き方もしなかったらどうなるえ。剣術だけ、奥を極めるというは、面倒ではねえだろうかねえ」
「し、し、しかし」
「それあおのしは奥に達している。が、それが本当の奥かどうか。そこにまだ考げえなくてはならねえ事があるだろう」
 虎之助は、また額に脂汗をかいた。そして、むっとした顔つきで、うつ向いた。
「この頃、あたしは東両国《ひがしりようごく》——俗に垢離場というあすこだ。矢場だの、女のいる美しい並び茶屋だの、床《とこ》見世だの因果物の小屋だの、あんな奴らに顔が売れていろんな尻を持って来やがる。それというのもこの佐野槌のおかみの縁のお糸という女からでね。そ奴が、今夜来ているというから、少々相談があるという訳だ。夜の明ける迄おのしも、先ず、諦めて女共を対手にしてお出でよ」
 虎之助が
「か、か、勝さん」
 といった時は、小吉はもう聞こえぬふりをしてさっさと出て行って終った。
 佐野槌の内所はよく出来ている。四辺の騒がしさなどは、何処か遠いところのようにより聞こえない。
 お糸が一人待っていた。僅かの間に、ずいぶん粋きになった。
「先生が、今夜ここにお出でなさるなんて、まあ何んといううれしい事で御座りましょう」
「そうかねえ、おれは別にうれしくはねえが、あれからあの破落戸共はやって来ねえか」
「たった一人参りました」
「何んだといって来たのだ」
「堅気になりたいから助けてくれというので御座います」
「それで」
「あの時とはまるで別の人のようにおとなしく勝先生のお噂をうかゞいました。みんな殺されても仕方のない事でしたといって詫びました」
「銭でもやったのか」
「ほほゝゝ。先生はそんな甘手の強請《ゆすり》に引っかかる奴があるかと思召しで御座いましょう。でもお叱りなさらないで下さいまし。お糸もさんざ浮世の苦労をしている中に、対手が嘘をついているのか、本当の事を申しているのか、わかるようになりました」
「大層偉くなったね」
「ところが」
 とお糸がにこっと笑った。
 今迄気がつかなかったが、お糸はいゝ鼻の形をしていて、ぱっちりとした眼が星のように涼しい女だった。
「たった三百文の無心なのでございます」
「強請は銭の高じゃあない、一文|強請《ゆす》っても強請は強請だ」
「それはそうでございます。その三百文を仲間へ渡し、一応手は切るがなか/\承知をせずに、後々までからみつくだろう、それについてお願いは、あなたの口添で、どうにか勝先生のお身内にしていたゞきたい、そうすればあ奴らももう手は出まいと——」
「馬鹿奴」
 小吉は怒鳴りつけた。
「おれあ、ばくち打ち無頼者《やくざもん》の兄イ分じゃあないよ。そんな奴らにうよ/\寄りたかられて堪るか」
「断りました」
「当たり前だ」
「でも、どうしてもお身内になって足を洗うのだと申して帰りました。正直もののようでございます」
「知るもんか」
「仲間《なかま》はみんな上州のものばかりですが、あの男だけは信州高井郡中野村だとお序に申上げてくれと申しました」
「何、中野村?」
「はい」
「どんな男だったえ」
「小作りな割にいゝ顔をしてました」
「中野村はおれが兄の代官をしたところだ。おれも行った事がある、妙な縁の奴が出て来たものだ」
「さようで御座りますか」
 行灯が瞬く。小吉は腕組みをしてそれから黙っている。お糸も黙っているがふと何にかのはずみに上目遣いに小吉を見る。こういう表情はどんな女でも然様《そう》なのだろう、不思議な位に色っぽかった。
「おかみや何にかみんなどうしたのだ」
「もうすぐ参りますで御座りましょう」
 それっきりでまた二人が黙って終う。小吉は少し退屈そうな顔をして、例によってごろりと横になったが、じいーっと下からお糸を見上げて不意に
「お前に相談があるがねえ。きいて呉れるかえ」
「相談? ほほゝゝ、先生には似つかぬお言葉でござりますわねえ。どうぞ何んなりと、仰せつけ下さいまし」
「外の事でもないのだが——実は、あの村田の長吉の事だがねえ。あれあ可哀そうな男だ」
 と云って、小吉は肱に力を入れて起き直った。
 お糸も笑顔を引きしめてじっと小吉を見た。
「どうだろう、お前、長吉が女房になってやる気はないか」
「ほほゝゝ、先生、お糸はもう一生ひとり身で気儘に過す決心を致して居ります」
「あ奴は、口先ではお前の事などは、とっくに忘れたといっているが、どうして/\まだ/\深い未練がある。それを紛らそうと、漆喰絵の修行に打込んでいるが、一度思いをかけて許嫁になった程のお前が事だ。そんな事で忘られるもんではない。おれは長吉の顔を見るといつも胸が塞がる。どうだ、おれが頼む、どうぞ綟《より》をもどして呉れねえか」
「折角ながら嫌やで御座ります。第一、未だにわたくしの事を忘れずにいると申すが本当なれば、男らしくもない飛んだ未練な方でございます。いっそうに嫌やで御座います」
「そうか。それ程嫌やなら仕方はないが、な、お糸、女はいつ迄も若くはないのだ、花には盛りがある。お前、女たゞ一人の老後がどんなに淋しいものか、考えて見た事があるか」
「ござりませぬ。が、唯一人老いさらばえても、別にそれが淋しい事とは思いませぬ」
「そうか。それじゃあ仕方がねえなあ」
 小吉はまた寝ころんだ。
「鮨も来ず、おかみも来ねえが、よんで来てくれ」
「はい。神明のおときさんと、何にか相談事がある、すぐ行くからお前、先生のお取持を申上げていてくれと、さっき申して居りました。追っつけ参りましょう」
 それから少ししてお亀鮨が来た。こゝの鮨は握った玉子が黄金のように光っているとよくいうが、本当にうまい。
「お前も喰べねえか」
「はい」
 とお糸はいかにもうれしそうな顔をして
「こうして居りますと、先生、何んだか、わたくしはいつも先生のお側に居る女子《おなご》のようでござりますねえ」
「そうかねえ」
 鮨を喰べ終っても、まだ誰も来ない。
「おかみを呼んで来てくれ、二階の客の様子をききてえから」
「はい」
 お糸が出て行ってすぐにおかみがやって来た。
「おい、一体どうなったのだ」
「ほほゝゝ。その一件で先生のおところへも参られませんでございました。たった今迄大荒れでございましてねえ。お帰りなさるとおっしゃって——階段を何度もお降りなさろうとなさる。お力は強し、お睨みなさるお顔は怖し、おとめ申す者達が、みんな引きずられて、ころ/\廊下を逼い廻り、次第によってはひょっとして殺されるのではないかと思いましたよ」
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